定期誌『毎日が発見』の森永卓郎さんの人気連載「人生を楽しむ経済学」。今回は、「定年後の悠々自適は許さない」についてお聞きしました。
悠々自適を難しくする国の方針
私は、今年65歳を迎えました。
当たり前のことですが、同級生も同じで、60歳の定年から5年が経過したことになります。
彼らの動向から、60歳台前半の働き方のパターンが、みえてきました。
一番多いのが、会社を定年で辞めた後、関連会社などで再雇用してもらい、現役時代よりもゆるやかな形で働く人です。
年収は半分ほどに下がりますが、生活パターンがさほど変わらないので、現役時代と同じように暮らしています。
次に多いのが、これまでの会社のまま、あるいは別会社に転職して、フルタイマーで働き続けている人です。
年収は一番高く、老けた印象がないのも、彼らの特徴です。
そして、数としては多くないのですが、定年を機に引退をして、悠々自適の生活を送っている人もいます。
最近、同窓会が再び開かれるようになって、同級生に会う機会が増えたのですが、彼らと話すなかで、60歳台前半の暮らしとして、一番幸せな人生だなと感じるのは、間違いなく定年を機に仕事を引退して、悠々自適の暮らしをしている人たちです。
60歳台前半というのは、ほとんど体力の衰えがなく、現役時代と変わらない勢いで、活発に動き回ることができます。
だから学生時代にやっていたギターを再び購入して、バンドを組んでライブ活動をしてみたり、現役時代には行けなかったアフリカのような遠い場所への旅行に出かけたりしています。
時間があるので、SNSでの発信が一番多いのも彼らの特徴なのです。
ところが、そんなすてきな60歳台前半の悠々自適生活が、今後は難しくなってしまう可能性が高まっています。
社会保障審議会が、国民年金の保険料納付期間を、これまでの40年間から5年延長して45年間とする案の議論を始めたからです。
どうやら2025年からの実施を目論んでいるようです。
この制度改正が実現すると、引退して悠々自適の生活をしている人は、65歳になるまで国民年金保険料を払い続ける必要がでてきます。
保険料は現在月額1万6590円ですから、60歳から65歳を迎えるまでの5年間で支払う保険料は約100万円となります。
また配偶者も無職だと、夫婦2人で200万円を支払うことが必要になります。
もちろん、その分老後資金を上積みして準備すればよいのですが、ただでさえ厳しい老後資金に大きな上積みをするのは、なかなか難しいと言えるでしょう。
ただし、65歳に達するまで国民年金保険料を払い続けなければならないのは、無職の人、自営業やフリーランスの人、厚生年金非加入のパートタイマーに限られています。
厚生年金に加入するフルタイム労働者は、国民年金を支払う必要がありません。
厚生年金保険料のなかに国民年金相当分が含まれているからです。
つまり、フルタイマーとして60歳台前半の5年間働き続ければ、新たに国民年金の負担をしなくてよいことになるのです。
拡大する厚生年金の加入対象者
ただ、60歳を超える中高年が、フルタイムの就労先を探すのは容易なことではありません。
そこで政府はフルタイマーでなくても、厚生年金に加入できるように着々と手を打っています。
現在、パートタイマーに厚生年金加入の義務が生じるのは、週所定労働時間が20時間以上で、月額賃金が8万8000円以上である場合になっています。
さらに、もう一つ企業規模の条件があり、現在は101人以上の企業に勤める場合のみです。
ただ、2024年10月からは、この条件が51人以上の企業へと加入対象が拡大されます。
そして将来的には企業規模の条件を撤廃する方針を加藤厚生労働大臣が明らかにしています。
結局、私は将来的に大部分の人が月額8万8000円以上稼ぐ形で65歳まで働くようになるとみています。
時給が1000円だと仮定すると、月額8万8000円を稼ぐには週22時間働くことになりますから、週3日は出勤しないといけない計算になります。
悠々自適の暮らしは、とても難しくなるのです。
現在、60歳台前半男性の就業率は、83%です。
逆に言えば、17%の人が働かないというライフスタイルを選択していることになります。
もちろん働きたい人は働き続ければよいのですが、働かないというライフスタイルの選択を排除するような制度設計は、いかがなものかと私は思っています。
ただ、一つだけ悠々自適の60歳台前半を迎える道が残されています。
それは、夫婦のどちらか1人だけが、8万8000円以上稼ぐ労働をすればよいのです。
そうすれば、配偶者は無職でも、第3号被保険者となって、国民年金保険料の支払いを免れることができるのです。
もちろん、夫婦そろって、悠々自適の暮らしを手に入れることの方がずっと望ましいことは、間違いありません。
いままで行けなかった場所に旅行するのも、夫婦そろって出かけた方がずっと楽しいからです。