「75歳まで働き続ける」ということ。森永卓郎さんが考える「大きく変わった年金制度」

定期誌『毎日が発見』の森永卓郎さんの人気連載「人生を楽しむ経済学」。今回は、大きく変わった年金制度」についてお聞きしました。

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国は75歳まで働くことをすすめている

4月から年金制度が大きく変わりました。

第一の改定は、年金の受給開始年齢の選択範囲の引き上げです。

これまで70歳までとなっていた老齢年金の繰り下げ受給の開始年齢が、75歳までに引き上げられました。

受給開始年齢は、自由に選べますが、75歳からの受給を選ぶと、年金給付は本来の金額と比べて84%増えることになります。

第二の改定は、在職老齢年金の支給停止基準の引き上げです。

60歳以上65歳未満の人が働く場合、これまでは月給と年金月額の合計が28万円超の場合は、厚生年金が減額となっていましたが、4月からは合計の収入が47万円以下の場合は、減額が行われないことになりました。

この基準は、これまでの65歳以上の人に対する基準と同じです。

第三の改定は、在職定時改定制度の導入です。

これまで厚生年金の受給者は、資格喪失時(退職時と70歳到達時)にのみ年金額が改定されていました。

つまり65歳以降も働き続け、厚生年金保険料を払っていても、掛け金が年金に反映されるのは70歳からになっていたのです。

それが在職定時改定制度の導入で、在職中であっても、年金額を毎年10月分から改定することになりました。

大きな金額ではありませんが、働けば、年金が毎年増えていくことになったのです。

こうした制度改定には、共通した目的があります。

それは、75歳まで働き続けることを奨励することです。

年金を75歳からもらうことにすれば、年金額が84%も増えると言われたら、働き続けたいと思う人が出てくるでしょう。

また、65歳から年金をもらっている人でも、在職定時改定制度の導入で、働き続ければ毎年年金が増えていくと言われたら、やはり働きたいと思う人が増加します。

さらに月収が47万円までだったら、年金の減額がないということになれば、フルタイムで働き続けようとする人が増えます。

なぜこうした制度改定が考えられたのかというと、年金制度の財政破綻を何とか防ごうと厚生労働省が考えているからです。

年金も増えるが社会保険料も増額に

いまの公的年金は、現役世代が支払った保険料をその時点の高齢者で山分けする賦課方式で運営されています。

ところが、高齢化で年金受給者が増えていくのに、少子化で保険料を支払う現役世代の数がどんどん減っていきます。

このまま放っておけば、一人当たりの年金給付が減ってしまうのです。

それを防ぐために、高齢者にずっと働いてもらって、年金保険料の収入が減らないようにしようというのが、厚生労働省の考えなのです。

もちろん制度の運営側としては、そう考えるのは当然なのですが、ずっと働き続けることには、落とし穴があります。

年金制度改革の国会論戦で明らかになったのですが、65歳から月額15万円の年金を受給した場合の税・社会保険料負担は月額5800円ですが、75歳から84%増の27.6万円の年金を受け取ると、税・社会保険料負担が月額3.6万円と6倍以上に増えてしまうのです。

税も社会保険料も、所得が増えると累進的に負担が増える構造になっているからです。

平均余命の87歳まで生きると仮定すると、生涯で受け取る年金の手取り収入は、75歳からの受給開始の場合、総額で350万円も減ってしまうのです。

負担増はそれだけではありません。

75歳に受給開始年齢を繰り下げるためには、75歳まで働き続けなければならないため、その間も税金や社会保険料を払い続けることになります。

パートタイマーとして働くなら、税金や社会保険料を支払わなくて済むと思われるかもしれません。

ただ、そこにも落とし穴が待ち受けています。

現在は、常時500人超を雇用する事業所で、週20時間以上働き、月額8万8000円以上の報酬を得て、1年以上働く労働者は、厚生年金と健康保険の加入が義務付けられているのですが、今年10月から規模基準が常時100人超となり、勤続期間も2カ月以上に緩和されます。

つまり、中小企業で働く場合でも、厚生年金保険料や健康保険料の支払いが必要になるのです。

さらに、再来年からは規模基準が50人超と、さらに適用対象事業所が広がります。

厚生年金の保険料は、本人負担が年収の9.15%と、非常に大きいですし、年収が103万円を超えれば所得税もかかってきます。

もちろん、やり甲斐のある楽しい仕事ができるのであれば、生涯働き続けるのは、よいことだと思いますが、楽しい仕事はお金にならないというのが世の常です。

それではどうしたらよいのかというと、私は非課税かつ非社会保険料の範囲内で働くことがよいのではないかと思っています。

少なくとも年収55万円までの給与収入であれば、税金や社会保険料がかかりません。

夫婦二人で働けば、年収110万円となりますから、それを年金に上乗せすれば、比較的豊かな暮らしができます。

また、それくらいの安い給与であれば、楽しい仕事を選ぶことができる可能性も高いのです。

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森永卓郎(もりなが・たくろう)

1957年生まれ。経済アナリスト、獨協大学経済学部教授。東京大学卒業。日本専売公社、経済企画庁などを経て現職。50年間集めてきたコレクションを展示するB宝館が話題。近著に、『長生き地獄にならないための 老後のお金大全』(KADOKAWA)がある。

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『なぜ日本経済は後手に回るのか』

(森永 卓郎 森永 康平/KADOKAWA)

新型コロナウイルス感染症によって生じた日本経済の失速。その原因は長年続いている「官僚主義と東京中心主義」にあると、森永さんは分析します。では今後どうすれば感染拡大を抑え、経済的苦境を脱することができるのか――。豊富な統計やデータを基に導き出された、未来への提言が記された一冊です。

この記事は『毎日が発見』2022年5月号に掲載の情報です。

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