「同じ日に、同じ死因が重なる不思議」。ある寒い日、2人の女性が亡くなった原因は...

「私はどうやって死ぬんだろう...?」年齢を重ねるごとに、輪郭を濃くする答えのない疑問。もちろん答えはわかりませんが、これまで約3000もの遺体と対峙してきた法医解剖医・西尾 元さんは、「どのような死を迎えるかは、どのように生きたかと密接につながっている」と言います。そこで、西尾さんの新刊『女性の死に方』(双葉社)から、女性の死の原因と背景について連載形式でお届けします。老いや貧困、孤独など、時には残酷な現実を突き付ける「死に方」は、あなたの「生き方」を充実させるヒントになるかもしれません。

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くも膜下出血で亡くなった遺体を前に思わず私の口から洩れた言葉/女性61歳 亡くなった場所:自宅の廊下

2月のある寒い朝。

私はいつものように、朝8時に自宅を出た。

9時頃、職場である大学の研究室に出勤すると、まず部屋の入り口横に貼られた「札」を確認する。

その日の「解剖予定」だ。

「9時30分から。50代の女性。自宅のリビングで亡くなっているところを家族が発見。既往症は特になし」

このように、解剖に関する情報が簡潔に記されている。

9時を回ると、遺体を積んだ警察車両がやってきて、1階にある解剖室の外に設置されたベルを鳴らす。

これを合図に、11階にある法医学教室から解剖室へと向かう。

この日は、1日で3件の解剖予定が入っており、研究室は朝からバタついていた。

朝は快晴だったが、午後4時過ぎにようやく3件目の解剖に取りかかる頃には、なにやら空模様が怪しくなってきた。

「16時から。60代の女性。自宅の廊下で亡くなっているところを長男が発見。既往症は特になし」

3人目は60代の女性か......解剖予定の札を思い返しながら、解剖室に運ばれてきた遺体と対面した。

松本華代さん(仮名)、61歳。

長男家族と同居していた家の廊下で、前日の夕方に倒れて亡くなっていた。

聞けば、珍しく夕食前に入浴したあと、自室のある2階に上がろうとしたところ、何かしらの原因で倒れてしまったらしい。

右後頭部には、階段の段差部分とぶつかってできた傷があった。

傷口の幅は2センチほどで、一文字にパックリと割れている。

松本さんの頭部の下には、小さな血だまりができていたという。

いつものように体にメスを入れ、臓器を一つひとつ取り出していく。

松本さんの心臓に異常は見つからない。

その間、補助役の女性スタッフが脳の確認のために頭蓋骨を開けていく。

いつもならそこからすぐに脳を取り出すのだが、彼女の手が止まった。

「先生、こちらを見ていただけますか?」見ると、頭蓋骨の中にある脳の表面が、赤くなっている。

脳の表面を覆う薄い透明な膜の下で、出血が起きていたのだ。

この膜はくも膜と呼ばれている。

松本さんは、くも膜下出血を起こしていたということになる。

脳を取り出して見ると、やはり、脳の下のほうの動脈にできていた小さな瘤が破裂している。

くも膜下出血が起こったのが、頭を階段で打つ前だったのか、あとだったのかはわからない。

いずれにしても、彼女の死因はくも膜下出血だ。

「またか......」私はそうつぶやいていた。

同じ日に同じ死因が重なる不思議。人間の"原始的反応"が招く死がある/死因:くも膜下出血

実はこの日、私はもうひとり、くも膜下出血で亡くなった人を解剖していた。

朝9時30分から最初の解剖で向き合った50代の女性だ。

札に書かれていた通り、彼女もまた、これといった既往症はなかった。

前日に自宅のリビングで倒れて亡くなっていたところを母親が見つけた。

私たちは解剖をする時、体の外側から内側へと進めていく。

体の外側に傷ができていれば、まずはそれを文字と写真画像で記録する。

外側の観察が済んだらメスで皮膚を切開し、皮下組織や筋肉、そして臓器へと観察を進める。

臓器の観察にも順番があって、たいていの場合、まずは腹の臓器、胸の臓器を見てから、脳へと移っていく。

この50代の女性は、心臓が少し大きくなっていた。

平均より重みがあり、筋肉も厚い。

特に既往症の情報は聞いていなかったが、彼女は血圧が高かったに違いない。

高血圧になると、心臓は血液を送り出すためにより大きな力が必要になり、心筋は厚くなり、心臓も肥大化する。

彼女のそれ以外の臓器には、目立った異常は見つからなかった。

次に頭蓋骨を開けたところで、脳の異変に気づいた。

松本さんと同じ、くも膜下出血だった。

くも膜下出血は、脳の上側ではなく、下側にある動脈瘤が破裂して起こる。

彼女の脳を取り出してみると、脳の底にある動脈に、5ミリほどの膨らんだ箇所が確認できた。

高血圧の人はくも膜下出血のリスクが高まる。因果関係が疑われた。

毎日解剖をしていると、同じ日に同じ死因で亡くなった遺体が運ばれてくるケースが時々起きる。

心筋梗塞で亡くなった人が続けて運ばれてきたことが何度かあった。

めったにない乳児の解剖を、その日に限って2人続けて行ったこともある。

病気の発症には天気や温度、湿度といった環境も深く関係している。

気管支喘息の発作が、天気と関係があることはよく知られている。

台風が来ると喘息の症状が増える。気圧の変化が発作に関係しているらしい。

この日は、くも膜下出血が起きやすい条件が何かしら揃っていたのかもしれない。

高知大学が実施した興味深い調査がある。

くも膜下出血を起こした715人を対象に、どのような気象条件がくも膜下出血を引き起こすか、分析したものだ。

その調査によれば、前日の最高気温から当日の最低気温への気温降下が大きければ大きいほど、くも膜下出血が引き起こされやすかったという。

なんとなく「寒い日」に発症しやすいイメージがあるかもしれないが、平均気温より低いかどうかは関係なかったという。

通常、大きな気温降下は真夜中から早朝にかけて起こるため、「朝の冷え込み」がくも膜下出血を引き起こす可能性がある、と分析されている。

同調査によると、この「朝の冷え込み」によってくも膜下出血が引き起こされるのは、65歳以上の高齢者よりも、65歳未満の人に多かった。

65歳以下は仕事を持ち、早朝から活発に活動する人も多い。

加えて、その時間帯にコーヒーを飲んだり、通勤で体力を消耗したりする。

コーヒーなどに含まれるカフェインの摂取や激しい運動で血圧が上がれば、くも膜下出血の引き金になりえる。

気温の急な変化が起きると、日常的なちょっとした行動でも、くも膜下出血を引き起こす可能性がある。

案外、人の体というものは、周囲の環境からさまざまな影響を受けているのである。

私たちは、着るものや冷暖房器具により、自然環境から我が身を守る術を手に入れてきた。

だが、そういった便利なものがなかった時代を体はしっかりと覚えている。

人は頭では環境をコントロールしているつもりになっていても、体のほうは昔のまま、環境に適合するような記憶が残っている。

周りの気温や湿度、気圧などの環境の変化を人は敏感に感じ取って、体が反応している。

それが時として、死を招く要因となっているのではないか、と私は考えている。

※本エピソードは、著者が現役の法医解剖医として守秘義務があるため、亡くなった方のプライバシーに配慮し、年齢や家族構成、地域など、一部事実を変えて記しています。

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71EQJ5hsF+L (1).jpg生活スタイルの違いや死に方の違いなど、現役の法医解剖医が対峙して感じた「女性の死」を6章にわたって考察しています

 

西尾 元(にしお・はじめ)

1962年、大阪府生まれ。兵庫医科大学法医学講座主任教授、法医解剖医。香川医科大学(現香川大学)医学部卒業後、同大学院、大阪医科大学法医学教室を経て、2009年より現職。兵庫県内の阪神間における6市1町の法医解剖を担当している。突然死に関する論文をはじめ、法医学の現場から臨床医学へのアプローチも行っている。

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『女性の死に方』

(西尾 元/双葉社)

およそ3000もの遺体と向き合ってきた法医解剖医が、普通ではない「異常死」を迎えた遺体の死の原因と背景を考察。対峙したからこそ見えたのは、「死に方」は「生き方」で決まるということ。女性のライフスタイルが多様化する現代に増えるであろう「死に方の変化」にも言及する、“最期”の参考書です。

※この記事は『女性の死に方』(西尾 元/双葉社)からの抜粋です。

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