<この体験記を書いた人>
ペンネーム:秋
性別:女
年齢:48
プロフィール:子ども達はみな社会人になりましたが、夫婦で働きつつ休日は一人暮らしの実父の様子を見に行く忙しい日々です。
昨年の冬、これまで大きな病気もせず、病院には滅多にお世話にならなかった母が、突然の心筋梗塞のため自宅で一人死去しました。
77歳の誕生日を迎える半年前でしたので、きょうだい同士で「お母さんの喜寿のお祝いどうしようかねえ~?」なんて話し合っていた矢先の出来事でした。
父は突如ひとりで家に残されてしまったのです。
父は技術専門職として定年後も働いており、定年で退職した母がすべての家事をこなしていました。
それだけでなく、父の身の回りの世話全般を母がしており、葬儀の際には自分の礼服がどこにあるのかもわからず、3姉妹の私たちが必死で家中を探し回りました。
父はすっかり憔悴してしまい、心配で仕方がありませんでした。
喪が明けてからは、休みの日に実家へ行き、遺品整理の日々でした。
母の部屋や服からは懐かしい母の匂いがして、思いきりスゥーッと嗅いでは母のぬくもりを思い出して安らぎつつ、もうこの世にいない現実を痛いほど突きつけられているようで、涙が止まりませんでした。
せめて母の匂いだけでも残しておきたいという思いで、捨てられずにいたものばかりでしたが、しばらくするとそのいとおしい匂いも消えてしまい、私を襲ったのは心にぽっかりと穴が開いたような寂しさでした。
ある日、姉と妹と3人でタンスの整理をしていた時のことです。
「母のお気に入りだったカーディガンをどうするか」という話題になりました。
悩んだ末、「お母さんの匂いもしなくなっちゃったし、いつまでも残しておいたって見るたびに寂しくなるだけだから......」という結論に至りました。
後ろ髪を引かれる思いで胸を締め付けられつつゴミ袋に入れ、物置に。来週にでも捨てようと、その日は帰宅しました。
ところが翌週、私が一人で実家へ行くと、戸棚の上に飾っていた母の遺影の前に「捨てたはずのカーディガン」があったのです!
「あの後姉か妹が来て、やっぱり捨てられないと思って袋から出したのかな?」と思ったのですが、姉でも妹でもなく、父でした。
いつも寡黙で、口を開くときは母に文句を言う時だけだった父。
偶然物置を開けた際にゴミ袋に入ったカーディガンを見つけて、思わず引っ張り出してきたと自分で話してくれました。
父がそんなことをする人だとは微塵も思っておらず、驚きと切ない気持ちで何と声をかけていいかわからずにいたところ、父がポツリと一言。
「これは捨てないで家に置いてくれ」。
昔はそれなりに仲が良かった両親。
私たち娘が全員嫁に出て、年老いてからは文句を言い合うばかりで楽しく笑っているところなど一度も見たことがありませんでした。
交わす言葉は少なくなっても、夫婦の絆は昔と変わらずにいてくれたんだ、と嬉しくなった反面、母がいなくなって、口には出さないけれどどれほどつらい思いをしているのだろうと考えると、胸がぎゅっと締め付けられるような気持ちになります。
母が亡くなった時、すでに冷たくなりはじめた遺体を最初に発見したのももちろん父で、もう手遅れと心の中でわかっていながらも、救急車が来るまで心臓マッサージを続けていたそうです。
妻を一人で死なせてしまった、助けられなかった後悔はどれほど大きかったのでしょう。
こうなるとわかっていたら、どんな言葉を伝え、どんなことをしてあげたかったのでしょう...。
父の心にぽっかりと開いてしまった穴は、きっと誰にも埋めることはできませんが、時間と共に少しずつ気持ちが癒え、前に進んで行けるよう見守っていきたいと感じた出来事でした。
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