法医解剖医が見た「現代の孤独死」。67歳一人暮らし女性がアパートの廊下で凍えて...

「私はどうやって死ぬんだろう...?」年齢を重ねるごとに、輪郭を濃くする答えのない疑問。もちろん答えはわかりませんが、これまで約3000もの遺体と対峙してきた法医解剖医・西尾 元さんは、「どのような死を迎えるかは、どのように生きたかと密接につながっている」と言います。そこで、西尾さんの新刊『女性の死に方』(双葉社)から、女性の死の原因と背景について連載形式でお届けします。老いや貧困、孤独など、時には残酷な現実を突き付ける「死に方」は、あなたの「生き方」を充実させるヒントになるかもしれません。

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高齢女性がアパートでひとり迎えた死/女性67歳 亡くなった場所:アパートの廊下

もう5年ほど前になるだろうか。

新たな年を迎え、寒さも厳しさを増してきた1月のある日のことだ。

晴れやかだった正月気分を吹き消す、切なさを持ち合わせた遺体に出会った。

彼女の年の頃ならば、今頃は、冬休みで帰省してきた子供や孫たちの世話を焼き、こたつを囲んで鍋でもつついていたはずだろう―横たわる彼女の優しげな表情を見て、ふとそんな想像をしてしまった。

だが、現実は違った。

67歳の秋元佳恵さん(仮名)は、自宅近くのスーパーで働いていた。

数年前に夫を亡くし、古い木造アパートの1階でひとり暮らしをしていたという。

決して余裕のある暮らしではなかっただろうが、慎ましく、自分の生活を楽しんでいたようだ。

というのも、趣味でフラワーアレンジメントの教室に通っており、彼女の遺体を発見したのもまた、教室の仲間だったのだ。

秋元さんは毎週欠かさず教室に出席していたが、新年最初の教室を連絡もなく欠席したという。

しばらく電話もつながらず、心配した友人が自宅を訪ねたところ、玄関につながる廊下に倒れて亡くなっていた。

年齢的なことから健康面に不安を抱いていた彼女は、何かあった時のためにと、この友人に合鍵を渡していたそうだ。

室内を荒らされた様子はなく、外傷など争った痕跡も見当たらない。

警察は「事件性はないだろう」と判断したものの、死因がわからなかった。

友人も、彼女が病気をしていたという話は聞いておらず、通院歴なども確認できなかったのだ。

結局、我々の法医学教室に解剖の依頼が届いた。

解剖室に入ると、私は必ず距離を取って遺体を眺め、くまなく観察する。

解剖を行う際、まずは全体像を捉えることが重要だ。

いざ解剖をし始めると、目の前にある体のパーツパーツに集中してしまい、思わぬ見落としや勘違いをしかねないからだ。

"最初の違和感"にこそ、大きなメッセージが込められていることも少なくない。

秋元さんの場合も、彼女からのメッセージは外表(体の表面)に現れていた。

肘や膝などの大きな関節に、数か所にわたって赤っぽいまだら状の変色が見られたのだ。

その色の具合や位置を確認しながら、すぐにある死因が思い浮かんだ。

「これは、『凍死』の特徴ではないか」

遺体にメスを入れ、解剖を始めると、それは確信へと変わった。

心臓の解剖を進める際、"異変"が確認できたのだ。

彼女の心臓を切り出すと、その左側と右側から流れ出てくる血液の色彩が、はっきり異なっていた。

左側の血液のほうが、明らかに鮮やかな赤色をしていたのである。

「やはり、死因は凍死で間違いない」

ひとまず、私はそう診断した。

しかし、彼女の自宅にはガスストーブがあり、電気やガスが止められていたわけではない。

彼女はなぜ街中のアパートの一室で凍死してしまったのか。

その謎を解くため、私は解剖を続けた。

ひとり暮らしは倒れた時に助けを呼べないリスクがある/死因:凍死(脳出血)

法医解剖医の私が、「孤独死」についてもっとも考えさせられるのは、「ひとり暮らしゆえの死」に直面した時だ。

もちろん、どう暮らすかはその人次第で、他人がとやかく言うことではない。

ひとり暮らしの自由を好む人もいれば、外に友人がたくさんいて、「孤独」など感じていないという人もいるだろう。

そりの合わない家族と無理に同居することは、精神衛生上、決してよくないだろう。

ただ、ひとりでなかったら、もう少し生きられたのではないか―解剖する立場としては、そう思わずにはいられない遺体と出会うことがある。

秋元さんの場合も、まさにそうした孤独な死だった。

解剖により特定した秋元さんの最期を記す前に、まず、心臓から流れる血液の色で「凍死」と死因を特定できた理由について解説したい。

そもそも血液は、赤血球中のヘモグロビンというタンパク質と酸素が結合することで赤くなる。

酸素が多く取り込まれればより鮮やかな赤に、酸素が少なくなれば赤黒くなる。

血液と酸素の関係について、簡単に記してみよう。

1.呼吸をし、酸素が肺に取り込まれる

2.取り込まれた酸素が血液中のヘモグロビンと結合する

3.酸素を含んだ血液は心臓の左側(左心房)に戻る

4.酸素を全身に運ぶため、左心室から動脈血として流れ出る

5.全身をめぐり酸素を消費した血液は、静脈血として心臓の右側(右心房)に戻る

人間の心臓は、左側の血液に酸素が多く含まれるため、赤い色が鮮やかだ。

ただ、通常はこの色調の差を肉眼で確認することは難しい。

だが、ヘモグロビンには温度が低くなればなるほど酸素との結合度合いが高まるという性質がある。

凍死する前には冷たい空気を肺に吸い込んでいる上、体温もどんどん低下する。

極端に温度が低くなった場合、当然その結合の度合いは一気に高まり、肺から心臓の左側に戻ってくる動脈血の赤色が鮮やかに発色するのだ。

この時だけは、心臓の左側の血液と右側の血液の色の差が肉眼で見ても明らかとなる。

これは、凍死の遺体に見られるもっとも顕著な特徴といわれている。

だから彼女の心臓を解剖した際、私は「直接死因」は、「凍死」と判断した。

出血の程度は軽かったが......

しかし、暖房器具があって十分な防寒具を持ち、決して生活に困窮していたわけではない彼女が、なぜ部屋の中で凍死したのか。

普段37度程度に保たれている体温が、なんらかの理由で28度程度にまで下がってしまえば、どこにいようと心臓に不整脈が出て死亡する。

普段、私が解剖で接している「街中で凍死した遺体」の多くは、生活が困窮して路上で生活していたり、部屋の暖房器具が使えなかったりした人たちだ。

過去の経験でいえば、家賃の滞納を続け、居留守を使うためか、床下に隠れて生活していた男性の凍死体を解剖したこともある。

ただ、秋元さんの場合は普通の生活を送っていた。

「なぜ......」という疑問は、頭蓋を開け、脳を切り出したところで、解かれた。

彼女の脳で「脳出血」が起きていたのだ。

脳出血はなんらかの原因によって脳の血管が破れることで起きる。

秋元さんの場合、その出血の程度自体は軽く、通常であれば死に至るほどではなかった。

仮に誰かがそばにいてすぐに救急車を呼んだとしたら、死なずに済んだ可能性が高い。

だが、彼女はひとりきりだった。

おそらく脳出血のために倒れ、そのまま動けなくなってしまった。

帰宅直後で寒いままの部屋だったのか、ガスストーブは点けたがタイマー機能などにより途中で切れてしまったのか。

真相はわからないが、ともかく倒れた秋元さんは電話をかけることも、声を出して誰かに助けを求めることもできなかった。

薄れゆく意識の中で、必死に助けを呼ぼうとしたはずだ。

彼女は、ひとりで亡くなったのだ。

※本エピソードは、著者が現役の法医解剖医として守秘義務があるため、亡くなった方のプライバシーに配慮し、年齢や家族構成、地域など、一部事実を変えて記しています。

71EQJ5hsF+L (1).jpg生活スタイルの違いや死に方の違いなど、現役の法医解剖医が対峙して感じた「女性の死」を6章にわたって考察しています

 

西尾 元(にしお・はじめ)

1962年、大阪府生まれ。兵庫医科大学法医学講座主任教授、法医解剖医。香川医科大学(現香川大学)医学部卒業後、同大学院、大阪医科大学法医学教室を経て、2009年より現職。兵庫県内の阪神間における6市1町の法医解剖を担当している。突然死に関する論文をはじめ、法医学の現場から臨床医学へのアプローチも行っている。

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『女性の死に方』

(西尾 元/双葉社)

およそ3000もの遺体と向き合ってきた法医解剖医が、普通ではない「異常死」を迎えた遺体の死の原因と背景を考察。対峙したからこそ見えたのは、「死に方」は「生き方」で決まるということ。女性のライフスタイルが多様化する現代に増えるであろう「死に方の変化」にも言及する、“最期”の参考書です。

※この記事は『女性の死に方』(西尾 元/双葉社)からの抜粋です。

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