父さん、本当にごめん...。「父の想い」に、涙が噴き出した夜/僕は、死なない。(51)

2016年9月、医師から「肺がんステージ4」という突然の告知を受けた刀根 健さん。当時50歳の彼が「絶対に生き残る」と決意し、あらゆる治療法を試してもがき続ける姿に......感動と賛否が巻き起こった話題の著書『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)。31章までの「連日配信」が大好評だったことから、今回さらに公開するエピソードを延長。第一部のラストまでを特別公開します!

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その日の晩、暗くなった天井を見ながら思った。

自分を認めるってこんなにも大変なことなんだ。

あの誰もが認める土屋君でさえ、そうだったのだから。

どうやら人間という生き物は他人のことはよくわかっても、自分のことになると、全く見えなくなるらしい。

僕もヒーローなのか......。

確かに今回のがんからの生還劇はヒーローっぽい話だ。

でもそう考えるとなんだか自分が他人よりも偉くなったようで、なんか違う感じがした。

そうか、だからヒーローを捨てるのか。

自分の素晴らしさを認め、自分を承認し、そしてそれにこだわらない。

そこに居続けない。

それをいとも簡単に捨て、身軽になって次の冒険の旅に出発する。

そうか、それが、自分がヒーローであることを認め、そしてそれを捨てるということなのか。

なるほど。

漢方クリニックを紹介してくれたナンバさんも何回も来てくれた。

真部会長は「ボクシング・マガジン」を持ってきてくれたし、僕の教え子の一人の高橋拓海君は毎週来てくれた。

僕は多くの人たちに囲まれて本当に幸せだった。

ある日、両親がやってきた。

僕はALKが適合したこと、アレセンサという薬が使えるようになったこと、その薬は治療効果が期待できることを話した。

「そう、ホントによかった......よかったわ......」

母はそう言って涙ぐんだ。

「やっぱり病院はすごい。東大は素晴らしい。科学って本当にすごいな」

父は病院と薬を褒めちぎった。

「うん、多分、これ効くと思う。だから安心してね。今まで心配かけてごめんね」

「そうか、よかった。東大に入院して本当によかったな。病院のおかげだ。先生に感謝しなさい」

父は嬉しそうにそう言った。

「まあ、そうだけどね」

僕はなんだか釈然としなかった。

「ほら、買って来たぞ」

父は真新しい「ボクシング・マガジン」を袋から出して、僕に渡した。

それは先日ジムの真部会長が持ってきてくれたものと同じだった。

「ありがと、でも、いいや」

「え、いいのか?」

「うん、同じもの、会長が持ってきてくれたから、ほら」

僕はそう言うと、棚の上にある「ボクシング・マガジン」を指差した。

「ああ、そうか」

父はちょっと残念そうに言い、手に持っていた「ボクシング・マガジン」をバッグにしまいこんだ。

「じゃあ、私たちは帰るわね。先生たちにちゃんとお礼を言うのよ」

母は念押しして嬉しそうに帰っていった。

その日の夜だった。

消灯して暗くなっても眠れない。

なんだか腹の底がグツグツ言っている。

ベッドの上をゴロゴロしているうちに時間が過ぎていく。

時計を見ると午前2時を過ぎていた。

このままだと眠れないな、ちょっと食堂にでも行くか。

僕はのそのそとベッドを起き出し、暗い廊下をはぁはぁと息を切らしながら足を引きずって食堂へ行った。

誰もいない食堂で、夜景が見える場所に座る。

どうして眠れないんだろう?

いつもなら、すぐに寝てしまうのに......。

夜空にそびえるスカイツリーを眺めながら思った。

この腹の奥でグツグツ騒いでいるのは、何だろう?

これは何だ?

......怒り、それは怒りだった。

何に怒ってるんだ?

父だ。

これは父に対する怒りだ。

おかしいな悲しみや怒りは浄化したはずなのに......

何でこんなに腹が立つんだ?

僕は怒りの声を直接聞いてみた。

すると......。

いた。

僕の中で怒りで叫んでいる子どもがいたんだ。

「なんで病院ばっか褒めるんだよ!僕だって頑張ったんだ!僕だって一生懸命、死ぬ思いで頑張ったんだ。必死で必死で、やってきたんだ。それなのに、なんで、なんで病院とか薬ばっか褒めるんだよ!」

そうか......。

そうだったのか......。

「そうだよ!僕を褒めてよ!僕を認めてよ!そのまんまの僕を見てよ!」

そうか、こいつがまだ叫んでいたんだ......。

そうだよな......そう思ったときだった。

僕の目の前に白髪の年老いた父が現れた。

それは書店で雑誌を探している姿だった。

「健が好きだから」そう言いながら広い書店を探し回り、棚から雑誌を見つけ、手に取った。

「よし、これは喜ぶぞ」父は雑誌を眺めると、嬉しそうに笑った。

それは「ボクシング・マガジン」だった。

そしてレジに行ってお金を払った。

身体が、かーっと熱くなり、心臓が激しく脈打ち、涙が噴き出した。

父さん!

あの雑誌には、父の想いが詰まっていたのに。

あの笑顔が詰まっていたのに。

僕はなんと、その「ボクシング・マガジン」をつき返してしまったのだ!

なんてちっちゃい人間なんだろう。

ごめん、父さん、本当にごめん......。

僕は、泣いた。

【次回のエピソード】鏡に映った「がんの自分」の身体に驚き...いよいよ始まった「アレセンサ」の服用

最初から読む:「肺がんです。ステージ4の」50歳の僕への...あまりに生々しい「宣告」/僕は、死なない。(1)

【第1話からまとめ読み】『僕は、死なない。』記事リスト

shoei001.jpg50歳で突然「肺がん、ステージ4」を宣告された著者。1年生存率は約30%という状況から、ひたすらポジティブに、時にくじけそうになりながらも、もがき続ける姿をつづった実話。がんが教えてくれたこと」として当時を振り返る第2部も必読です。

 

刀根 健(とね・たけし)

1966年、千葉県出身。OFFICE LEELA(オフィスリーラ)代表。東京電機大学理工学部卒業後、大手商社を経て、教育系企業に。その後、人気講師として活躍。ボクシングジムのトレーナーとしてもプロボクサーの指導・育成を行ない、3名の日本ランカーを育てる。2016年9月1日に肺がん(ステージ4)が発覚。翌年6月に新たに脳転移が見つかり、さらに両眼、左右の肺、肺から首のリンパ、肝臓、左右の腎臓、脾臓、全身の骨に転移が見つかるが、1カ月の入院を経て奇跡的に回復。現在は、講演や執筆など活動を行なっている。

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『僕は、死なない。 全身末期がんから生還してわかった人生に奇跡を起こすサレンダーの法則』

(刀根 健/SBクリエイティブ)

2016年9月、心理学の人気講師をしていた著者は、突然、肺がん告知を受ける。それも一番深刻なステージ4。それでも「絶対に生き残る」「完治する」と決意し、あらゆる代替医療、民間療法を試みるが…。当時50歳だった著者の葛藤がストレートに伝わってくる、ドキドキと感動の詰まった実話。

この記事は『僕は、死なない。 全身末期がんから生還してわかった人生に奇跡を起こすサレンダーの法則』(刀根 健/SBクリエイティブ)からの抜粋です。

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