「もしあの時...でもやっぱり...」介護と金策の思い出だらけの家で一人思う

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:NUTS33
性別:女
年齢:51
プロフィール:大学生2人の子供と夫の4人暮らし。会社員をしています。

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私は51歳の会社員です。パートや派遣を経て、数年前から正社員として仕事をしています。夫は自営業。結婚当初はサラリーマンだったのですが、その後独立。上の子を妊娠している時でした。それから20数年、子ども2人は大学生です。

本来はひと段落というところでしょうか。ところがうちは違うんです。

子どもが物心ついたころに、夫の両親の介護が始まりました。特に同居していた義母の認知症は重く、娘が小学4年の時には長期入院を必要とする病気にかかったこともありました。その間私はずっと夫の事業を手伝ってきました。介護しながら子育てしながら、合間にパートに行きながら。

それでも夫の実家に住むことで家賃も発生しませんし、何とかできると思っていました。あともうちょっと、あともう少しと自分をだましだまし生活してきました。そして、節約をしてコツコツ貯金をしても、横から「支払いが足りないから頼む」「少しずつでも返すから」、こう夫に言われてなけなしの貯えをはたいてきました。私が仕事の手伝いをしないと事業が立ちいかないと言うので、思うように仕事にも出られませんでした。まあ、看病と介護の日々でもありましたし、私も「子どもが小さい間はなるべく傍にいてあげよう」などと考えておりました。

が、しかし! 今となってはどうでしょう。結局事業はうまくいかず、残っているのは借金だけ。夫は返済のために夜勤のバイトをはじめました。私はなんとか正社員になれました。

でも! 働いても働いてもお金は返済や生活費に跡形もなく消え去ります。そりゃあ、夫は介護も子育ても協力的でした。良い夫です。人としても良い人だと思います。子ども達も素直に育ってくれました。だけど! 築40年を超えた古びた家で、介護と看病の思い出ばかりがつまった家で、これで良かったのだろうかと日々思うのです。

もし、私が早いうちにギブアップして、とっとと他の仕事に就いていたら。せめて介護が終わった時に子供を連れて家を出ていたら。もし、夫が会社を辞めた時に「3年やってダメだったらあきらめる」と約束をしていたら......。最近、家にいるとこんなことばかり考えて、もやもやしています。大学生の子どもは2人とも、教育ローンに奨学金と借金を抱えて学校に通っています。子ども達には申し訳ないことをしました。子供のための貯金まで事業資金に消えてしまったのですから。


もし、あの時。でも、やっぱり。
一人になった夜には、そんなことばっかりが頭の中に浮かんでは消えていきます。優柔不断な自分を恨めしく思うのです。

夫も頑張って、体が心配になるくらい働いています。私も副業をしたりしてできる限りのことはしています。誰も悪人ではありません。身体が元気で働くことができるのだから贅沢な悩みになるのかもしれません。今まではそんな暇もないくらい大変な日々が何年も続いてきたから、今になって訪れる静かな時間を持て余すのです。これって誰に訴えればいいんでしょうか。こんなはずじゃなかったんです。本当に。

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