無職生活も5年を超え、年金暮らしの親に寄生。そんな妹に気づかされた私の中の凝り固まった価値観

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:まー子
性別:女
年齢:38
プロフィール:止まらない妹への憤りが、実は長年自分を縛り続けていた価値観にあったと気づき、ようやく手放す覚悟ができました。

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持病の難治型アトピー性皮膚炎の大悪化で、実家で半年間療養生活を送り、2021年の11月からなんとか社会復帰を果たした38歳の私。

20年ぶりに暮らした実家では、ずっと疎遠だった妹が5年以上も無職で、実家にお金を入れずに親の年金で悠々自適に暮らしていたことに衝撃を受けました。

それ以降、ずっと心の中に憤りに近い感情が渦巻いていました。

療養生活を終えて自宅に戻り、仕事を始めたことによってその感情は薄らぐかと期待していたものの、怒りの感情はずっと心の中にあって、むしろ悪化していきました。

このままでは精神衛生上良くないと、私は自分を見つめ直す時間をたくさん取りました。

すると、自分の中にあった、ある価値観が浮き彫りになったのです。

その価値観とは「働かざる者食うべからず」というもの。

私は18歳で実家を出てから、一度も親に金銭的な援助を求めていません。

自立していることを良しとし、ただ実行してきました。

若い女性の一人暮らしとなると、経済的・精神的にキツい時期もありましたが、何とかやってきました。

当時の私は「自立していないとダメ、親から愛されない」と思って生きていたのです。

一方、妹は私と真逆で一度も実家を出ず、5年以上働かず、親の年金で完全に養ってもらっているのです。

それにもかかわらず親に愛されていたことを目の当たりにし、自分の価値観が崩れたのでした。

さらに言うと、私は働いて自立している人は偉い、立場が上、と人を上下関係で分けていることにも気づきました。

心のどこかで、働いていない妹は自分よりも「下」だと裁き、軽蔑していたのです。

そして、その妹から個人的に慕われていないことに対しても不満を感じていました。

実家にいても私と妹は一言も話をしないくらい関係が悪いのです。

妹に一度「お姉ちゃんだと思ったことなんて一度もない」とハッキリ言われたことがあります。

私は何とも思っていない素振りをしていましたが、実は深く傷ついていました。

家族が誰よりも大切な私にとって、妹の存在はしこりのようなものだったのかもしれません。

妹との関係を改善したい思いが日に日に強まっています。

彼女に嫌われていることは構わないけれど、そろそろ自分が思っている気持ちだけでも伝えるべきではないか、と。

家族との関係において重視すべきことはいろいろあると思いますが、一番は普段のコミュニケーションですよね。

コミュニケーションを取ることを避けてしまったら、関係の修復はほぼ不可能だと痛感しています。

今年のやりたいことリストに「妹と話す場を設ける」を書き足しました。

必ず実行します。

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