「睡眠時間以外はずっと仕事」が招いたうつ病。一生分は働いたから残りの人生はゆっくり過ごしたいが

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:栄一
性別:男
年齢:54
プロフィール:会社員です。出身は関東ですが大学が中部地方で、そのまま就職しました。上下水道施設の維持管理をしています。

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5年前のことになります。

当時、私は単身赴任で本社の研究部門の課長として勤務していました。

当時、例年の数倍の業務量をこなさなければならなくなり、それがもととなって、過労によるうつ病になってしまいました。

所属していた部署で行っていたのは、下水処理に関する研究と、下水処理場の運転管理を自動化するシステムの開発です。

上下水道の運転管理は自治体から民間に発注されて実施されています。

以前は入札で受託業者が決められてきたのですが、近年は技術提案書の内容を評価に加える「プロポーザル方式」に変化してきています。

そんな中で、私たちが開発したシステムが提案の中心となるようになり、その結果、業務量が年々増えてきてしまったのです。

業務量は増えたのですが、増員はなく、私が抱える業務は例年の数倍となってしまいました。

それだけならなんとかなったのかもしれませんが、それに加えて国のプロジェクトの仕事もすることになり、睡眠時間以外はずっと仕事をしているような状態となりました。

本業が忙しくなることは分かっていて、それにプロジェクトの仕事が加わることは気が重いことでしたが、社長からの指名だったため、断ることができなかったのです。

やらなければならないことは分かっていて、やりかたも分かっているのですが、時間が足りず、もどかしい思いを感じていました。

当時思っていたのは、身体があと2つは欲しいということ。

それでも、なんとか与えられた業務をこなし、一段落ついた頃に、身体の変調を覚えるようになりました。

眠れない、食欲がない、集中力が続かない、趣味に対する関心が薄れるといった症状で、これはうつ病ではないかと思い至ったのです。

20代の頃に、一度うつ病を経験していたので、うつ病に関する知識はありました。

神経内科を受診して下された診断は、予想通りうつ病です。

ただ程度は軽く、薬を飲んで休養を取れば治るということで、少し安心しました。

薬を飲むことで症状は改善したのですが、仕事に対する自信を失ってしまった私は、研究開発部で仕事を続けることが難しいと感じるようになったのです。

上司に状況を説明して、地元に戻してもらうようにお願いしました。

「○○さん(私のこと)が現場勤務ではもったいない」

上司はそう言ってくれて引き留められたのですが、病状を説明して納得してもらいました。

上司が社長に相談し、社長は私の体調のことを心配してくれて、その結果、地元に戻ることが決まりました。

研究部門での仕事のプレッシャーから逃れられるということで安心しましたが、仕事の環境が変わることに対する不安もあり、病気も治るかというと疑問に思われました。

日々の業務をこなしながら引き継ぎを行って、私がいなくなっても困らないように配慮しました。

送別会には40人もの人たちが参加してくれて、みんな私が本社を離れることを惜しんでくれたのでした。

10年暮らしたアパートを後にして、地元に帰る電車の中で(これで良かったのだろうか)と少し後悔する気持ちになりました。

地元の現場に10年ぶりに戻り、水質分析の仕事を始めたのです。

仕事はルーティンワークで残業もなく、平和な日々が続きました。

しかし、うつ病による体調不良と気分の落ち込みは回復せず、この状態が一生続くのかと暗澹とした気持ちで、今も日々を過ごしています。

普通の人が一生にする仕事は、十分にこなしたという思いがあります。

残りの人生はのんびりと余裕を持って送りたいと思います。

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