認知症で家族のことを忘れた姑が唯一覚えているのは「嫁のかづ」だけという皮肉/かづ

アメブロで「~こんな事を言っちゃあなんですが!~」を運営しているかづと申します。現在は夫婦二人と3ニャンとで暮らしています。私の嫁時代の体験を思い出しながら書いています。

前回の記事:あるはずの私物がない! 姑の転居で最後まで不審だらけの介護施設/かづ

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介護施設を移動することになった姑。

新たな住まいは、一見広めのビジネスホテルのようなスッキリとした清潔感あふれる部屋だった。

職員の方も皆さん笑顔で、ちょうど利用者の方数人とで洗濯物を畳んでいた。

「ここでは皆さんに出来る事は手伝って貰ってるんです♪」

福祉の担当さんは先にいらっしゃっていて、時間に少し遅れた事と理由を説明すると大変驚かれたのと同時に謝罪もされた。

「いえ、でもとても良い所をお世話いただきまして」

こちらこそお礼を言う方だ。

聞いたところでは、体の動く方や認知症の程度によって、作業療法の様な事を組み入れていると言った。

「色々と皆さん結構手を出して手伝ってくださるんで、出来る事はお願いしているんですよ。もともとお家でされていた方ばかりですから、手が覚えてるんでしょうね」

そろそろお昼の時間だからと、洗濯畳みもほどほどにして食事の準備になった。

職員から元気で動ける入所者たちに、テキパキとお箸やおしぼりを渡して配ってもらう。

本当に簡単な事ではあるが【出来る事はしてもらう】が、グループホームのような施設だった。

福祉の担当さんがお帰りになるのを見送りがてら、私も帰る事にした。

別れ際に担当さんに再びお礼を言うと

「いえいえ、こちらこそ申し訳ありませんでした。お母様の手、見ました。入ってすぐでしたもんね。それに最後にまたご不快な目(ラバーシーツの件)に遭わせてしまいまして。そんなに酷いところとは知らなかったので...。こちらの施設はまだ建って1年なんです。綺麗でしょ? もうお詫びのつもりと言うか...」

担当さんはそう言って、笑顔で帰って行かれた。

その後、週1の面会時、姑は食事の際に配られるおしぼりを丁寧にたたんでいて、隣に座っていた同じ入所者の女性に「お上手ね」と褒められていた。

その次に行った時は、今度はタオルをたくさんたたんでいて、なんとほかの入所者さんに「ここを揃えてね」と教えていた。

「綺麗好きだったんですねぇ。角をピシッと揃えてたたんでくれて。とてもお上手なんですよ」

皆が皆とは言わないが、姑のようなタイプが施設入所のような共同生活をする場合、マウンティングであったりクレーマーになったりと、入所者間のみならず職員に対しても何かとトラブルを起こしかねない不安があるが、姑の場合は認知症が幸いしたと言える。

恐らく認知症になっていなかったら、身体が不自由になっていても入所するのは本人が拒否して難しく、万一運良く入所が出来ても、トラブルを起こして追い出されるに違いなかった。

ここにお任せすれば安心だと思えた。

相変わらず息子も孫も、夫である舅も分からないが、私だけは「あんたは嫁のかづ」と呼んでいて、「嫁孝行をして来たから、嫁に大事にして貰えている」と職員に話していた。

もうそう思っているのならそれでもいいと思ってはいたが、週1で欠かさずに面会に行っていた私に対して、職員の方から口々に

「さぞお優しいお姑さんだったんでしょうねぇ」

と言われた時は

「いえ、この世の物とは思えないくらいの嫁いびりでしたよ」

とニッコリ笑顔で答えるのは忘れない。

私もそこまで人間が出来てはいないのだ。

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かづ

​ブログ「~こんな事を言っちゃあなんですが!~」の管理人で、Ameba公式トップブロガー。 ​基本専業主婦の​50代​。子育てが終​り、​夫と4ニャンと暮してい​る​結婚36年目です。 ​一人っ子の夫と結婚し、舅姑の理想の嫁でなかった私の結婚生活においての戦いを思い出しながら書いています。

※毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

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