<この体験記を書いた人>
ペンネーム:ウジさん
性別:男
年齢:58
プロフィール:長女(25歳)が関東圏の中学校に教師として赴任して1年が経とうとしています。
初夏のことです。
春から関東圏の中学校に教員として採用されて、家を離れた娘(25歳)から電話が入りました。
コロナ禍で散々な目に遭っていると悩んでいる時期でもあったので、また愚痴でも言いたいのかなと思いながら電話を取りました。
「ねえ、友達から言われたんだけど、お中元とかってした方がいいの?」
開口一番がこれです。
「なんだよ、藪から棒に」
「こないだオンライン女子会してたらこの話題になってね。上司の人とかに贈るのが結構大変だって言うのさ」
ああ、そんな時期なんだな、と思いながら、35年ほど前の我が新人時代の出来事を思い出しました。
新人公務員として仕事に追われていた私は、久々に学生時代の友人から飲み会の誘いを受けて出向いていました。
「いやあ、社会人ってのは大変だよな」
「なんだよ、いっぱしの口きいて」
「いやさ、お中元なんてものを初めて送ったんだけど、なかなか気を遣うよな」
「お中元?」
「そうさ、上司だの、取引先だの、結構な散財だよ。そう言えばお前はどうしてんだ? 公務員だと取引相手とかはないかもしれないけどさ」
「そりゃそうだ。癒着だ、って騒ぎになっちまう」
「でもさ、上司とかには贈るんじゃねえの?」
そう言われて急に不安になってきました。
就職したての身で、右も左も分からない状態でしたが、役場に勤めている同僚たちにはそういった気配は感じられませんでした。
しかし、そういうことをあからさまに話すものではないのかもしれないし、社会人としての常識として、特に話題に上っていない事なのかもしれないと思いました。
「まあ、日ごろお世話になっている方ぐらいには...」と思い、当時所属していた町民課の係長(当時42歳)と課長(当時56歳)にビールのセットを送りました。
デパートの特設会場から発送をすますと、ちょっと一人前になったような感覚を得たのを覚えています。
数日後、私は「内密に」と念を押されて課長に会議室に来るよう呼び出されました。
お中元のお返しでもいただけるのかな、とのんきに出向くと、開口一番叱られました。
「公務員たるもの、いかなる形でも贈り贈られはご法度だ、常識だぞ!」
贈ったビールは、包みごと突っ返されました。
「職場の関係とは言え、君も私と公務の関係性があるんだ。こういったことで公務の公平性が歪まないとも限らないわけなんだぞ...」
公務員の職務規律について延々と説教を食らいました。
這う這うの体で自分の机に戻ると、今度は係長が近寄ってきました。
「いやあ、お中元とかは困るって、言っときゃよかったなあ。課長にも、こういったことも職員研修の一環だぞ、って注意されちゃってね...」
やたらに申し訳なさそうに、しかし公務員としては知ってるもんだと思ってたよ、という感じで責められ、辟易してしまいました。
お金はかかったし、怒られたし、まさに泣きっ面に蜂の経験でした。
おかげで公務員たるもの、金や物のやり取りには慎重の上にも慎重を期すべしという矜持を学んだように思います。
「教員も公務員だ。公務員たるもの、そうした贈答のようなことはよろしくないと思うぞ」
娘には、高くついた失態の経験を踏まえ、助言することができました。
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