<この体験記を書いた人>
ペンネーム:文月奈津
性別:女
年齢:63
プロフィール:長男、次男、主人の4人家族。長男は近所で一人暮らし。主人共々体力が落ち、毎晩9時半には寝てしまう毎日です。
今から約28年前、パートの仕事を終え帰宅した午後、遅い昼食をとっている私に、当時同居していた義父はこう言いました。
「奈津さん、たかが4時間ぐらいでは働いたことにならない。(義母さんに)子供を任せてもっと働いたらどうなんだ。わしはこんなマンションなんかに住むのはいやだ。隆(夫の名前)と一緒にしっかり働いて、わしらが住む家を建てろ」
そう言われるには、ワケがありました。
義父母と同居する前、主人の会社が傾いて給料の出ない月が続き、主人は会社を退職したのです。
それまで別々で暮らしていた義父母への送金ができなくなり、逆に義父母の住むマンションに同居することになりました。
マンションの家賃と、義父母を含んだ6人家族の生活費は、転職して少なくなった主人の収入では賄えません。
生後3カ月半の次男の世話を義母に頼み、長男を保育園に入れて私も働く生活が始まりました。
「あなたも私も、朝から晩まで緩みがない。このままでは大変だ」
日本人形の内職をしている義母がそう言うような生活でした。
もともと義父母は新潟で暮らしていました。
義父は靴屋さんを営んでいたのですが、肺気腫になってしまったのです。
病で衰弱していく義父をみかねて、主人が義両親を東京へ呼び、それ以来、ずっと生活を支えてきたのです。
そうして小康状態になった義父の日課は、オートバイで老人クラブへ行って碁をうつこと。
それは同居してからも変わっていませんでした。
そんな中での義父の「もっと働け」発言に、私は腹が立ちました。
「自分ひとりだけ、天下太平なのに...」
そう思ったのです。
その日から、密かに義父のことは『天下太平くん』、義母のことは『新潟おしん』と呼び、日々の生活を頑張ってきました。
でも...そんな義父でも、私に「残してくれたもの」があります。
義父は、孫をとてもかわいがってくれました。
「この子は足が大きいだろう。きっと大きな子になるよ」
次男をあやしながら言った時のうれしそうな義父の顔が忘れられません。
ところが、年末になって風邪をこじらせ、義父は入院。
もともと悪かった肺の片側は真っ黒、まるっきり機能していないことがわかりました。
どんどん容体は悪くなり、呼吸器が外せないように...。
そんな12月の下旬、義母のかわりに、小さな次男と2人、病院の義父に会いにいった時のことです。
義父は、ジェスチャーで次男をベッドの枕元に連れてくるように言いました。
次男の手を握って振ったり、足をさすったりしながら...義父はぽろぽろと涙を流したのです。
もう言葉を発することはなかった義父。
「この子のおじいちゃんと呼ぶ声を聞きたい。大きくなっていくところを見たい。でも、自分はもう長くないだろう」
義父の涙からは、そんな思いがひしひしと伝わってきました。
そうして年が明けた1月2日、義父は72歳で他界。
次男はまだ9カ月でした。
その次男は現在29歳になり、夢中になれる仕事に奮闘しています。
小さい時から手がかかる子で、子育ては大変でした。
赤ちゃんのときは、寝起きも寝付きも悪くよく泣き、毎月風邪をひきました。
次男が小学校1年生の秋に夫の転勤が決まり、最終登校日の下校時に次男のクラスへ行った時のことです。
大きな紙袋を持参した私は、机の中の大量のテストや宿題、家庭へのお知らせにびっくり。
図工の作品などもあり、結局紙袋は3つになりました。
「こんなにだらしなくして恥ずかしいと思わないの」
「何言っているの、恥ずかしくないよ。少し待っていれば時は過ぎていくんだよ」
私の文句もどこ吹く風で次男は反論してきました。
小学校の高学年になっても、中学生、高校生になってもこの次男の姿勢は変わりませんでした。
一生懸命私が注意しても、心に刺さらないのです。
中学校を卒業するまでは、対人関係の構築も苦手でいろいろトラブルを起こしました。
「この子を育てられたら一人前の母親だ」と思って頑張ってきましたが、弱気になることもしばしばでした。
そんな時に決まって思い出すのが、病室で見た義父の涙でした。
私はこの子が大きくなっていく姿を見ることができる、なんて幸せなことなんだろう。
あの時の、義父が涙を流す「忘れがたい光景」が私を奮い立たせ「もう一回、がんばろう」と私を元気づけてくれたのでした。
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