「愛猫の死」から1年。ふいに訪れる「思い出しスイッチ」と、少しずつ薄らぐ「悲しみ」/フニャコ

昨年5月末に、愛猫ぺーやんを亡くして1年以上が経過しました。

今、亡くなった直後の自分を思い出すと、後悔や悲しみなどで正常な考えができず、精神的に酷い状態だったなあと思います。

前回の記事:「おっとりシニア猫」と「ヤンチャ子猫」の共同生活。猫それぞれの目線で考えてみた♪

ペットロスの真っ只中、1人で居る時は必ずぺーやんのことを思い出してしまいメソメソしっぱなしでしたが、数ヶ月後にアヤちゃんを迎えたことにより手のかかりっぷりに悩まされて、図らずながらぺーやんのことをゆっくり思い出す余裕は確実に減ったように思います。

徐々に落ち着いて来ましたが1年経った現在、どんな心境になっているのか書いていきたいと思います。

この1年、私にはとてもとても長く感じた1年でした。

春の暖かさから、5月にも関わらず真夏のような暑さと日差しへと変わって来て、ぺーやんの通院と亡くなった日、火葬した日を嫌でも思い出しました。

その時の外の匂い、通院していた時に通っていた道...。

この状況から「ぺーやん思い出しスイッチ」が作動しやすくなっていたのです。

それはスミちゃんとアヤちゃんのやりとりからも。

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普段は自分からつっかかっていくことがないスミちゃん。

アヤちゃんと関わるのは面倒臭いから...という感じのスミちゃんが、自分から荒っぽく遊びに誘ったのです。

昔、遊んでほしくてぺーやんにつっかかって行ってた時のように。

そしてあの暴れん坊アヤちゃんの反応も、面倒臭そうに手の届く範囲で相手をするだけで、まさに昔のスミちゃんとぺーやんとのやりとりを見ているようでした。

もう落ち着いてきていたのに、こんなことで動揺する自分にびっくりしました。

スマホに入っている画像は、元気な頃の画像を「可愛いなあ」とニヤニヤ眺めることができるようになりました。

でもぺーやんが苦しくなって以降の写真は消すことも見ることも出来ません。IMG_9734.PNG

思い出して寂しくなる、悲しさに襲われるという回数は、だんだんと減ってきています。

それと同じように、ぺーやんの仕草や鳴き声も、グラデーションのようにぼやけてきている気がします。

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可愛らしい姿をいつまでも覚えていたい...そう思っているし、覚えていると思っていました。

でも動画を見てみると、自分の記憶と完全に一致していないというか、ああ、そうだったという感覚が出て来ました。

月日が経って悲しさが薄れて来たのに比例して、記憶もやや薄らいできてしまっているようです。

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動画には完全なぺーやんがいます。

もっともっと思い出したいけれど、間違い無いのは動画の中のぺーやんです。

はっきり覚えていたい、覚えているつもりだけど確実ではなくなっていくのですね。

今現在、悲しみや、記憶は少しずつ薄らいできますが、愛情は全く変わることはありません。

悲しみの方のスイッチが入ると、やはり亡くなった時と同じ悲しみに襲われます。

でもふと思い出すぺーやんは、楽しい記憶や姿の方が増えてきました。

ペットロスからは立ち直っているのかなと思います。

高校生の時に亡くなった猫のことを思い出すと今でもつらくなることがありますが、それと同じことで、これからも何かのきっかけで思い出して悲しくなることはあるかもしれませんが、それも自然なことなんだと受け入れて過ごしていきたいと思います。

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フニャコ

娘が小学生に上がる頃に猫2匹を迎え、絵日記ブログにて猫と家族との日常を更新中

※毎日が発見ネットの体験記は、すべて個人の体験に基づいているものです。

フニャコさんのブログ:おそらくその平凡こそ幸せ

コメント一覧

亡くなって寂しくなるのは当たり前で自然な事と以前勤め先の社長に云われました。 実はロスで仕事も行けない 食事も睡眠もとれない ぼ~っとしてと言う状態の 時 ただなあ 側で泣いてるぞ 心配していると向こうに行けない かえって可哀想 必ずまた別の姿でくるから 引き留めては逝けないと 一年かかりましたが今も泣きたくなるけど 人は生きていく為 思い出の箱を持っているそうなので 時々そっとあけて下さい
ぺーやんのこと思い出すと泣けます。 アヤちゃんを保護した時に ぺーやんが連れてきた迷子かな?とか それにしちゃ なんで こんなにスリムなんだよ とか アヤちゃんのお腹がボッテリしてきたら あ!ぺーやんが連れてきたから やっぱりお腹はボッテリすると思ってたよ! とか なんでもかんでも ぺーやんに絡めて考えてしまいます。 すみません。ぺーやんが好きなんです。 でも アヤちゃんはアヤちゃん。 スミちゃんはスミちゃん。 みんな 大切な家族です。 最近は すっかり大きくなったアパちゃんに驚いてもいます。 思い出して 泣いてしまうのも だんだん記憶が薄れてあやふやになるのも だんだん老化してるから 仕方ないと思って諦めましょう。 涙腺はゆるく 記憶は曖昧になるのですよ!ね♡
今月初めに愛猫が虹の橋を渡りました。今は、とにかく悲しくて仕事をしていても、ご飯支度をしていても悲しいです。この気持ちがいつまで続くのか自分でも分からなくて不安です。
こんばんわ ウチは2年前の暑い夏に亡くしました。フニャ子さんより1年長く、不安定な状態ということになります(笑) 猫って素晴らしい存在。 急に居なくなって、私達は 受け入れられない。 柔らかい毛、華奢な体。私の感覚が覚えていますが、もう、記憶もズレているところがあるかもしれないです。ブログに書かれてた事、微妙な表現がなんて上手なんだろう、、て思いました。 火葬の時、旦那と立ちつくし見送った煙、小さな遺骨 、最後は抱っこして見送りたかったのに病院でたった1人で逝かせてしまったこと。 病院に駆けつけた時医学的には亡くなったはずのあの子が、、旦那と名前を呼んだら心電図だか、脳波だかわからないけどでめちゃくちゃ反応をしてお別れ言ってくれた事。 ありがとうを言いたい。 強かったねぇ、と。 後悔とかごめんね、は考えたらキリがないですよね。変な涙ばかり出て苦しくなるだけだし。 泣いても、あの子を愛したし大切にしたのだから後悔はしてはいけないんだと思うようにしています。 これからも、フニャ子さんの楽しいキャラで皆を幸せにしてあげてください
初めてのコメント失礼します。 毎日の投稿を楽しみにしています。 私も愛猫クイが今年の2月末に亡くなりました。 私は出産のため里帰りしており、最期のときを過ごせませんでした。 初めての子育てに追われ、ゆっくり死と向き合えず、長々と悲しみの中にいました。 そんな時、夢の世界まで逢いに来てくれたのです! 生前のように、大好きな私の膝の上で目を細めてゴロゴロ喉を鳴らしていました。 その時、なんだかクイが元気だしてよ、僕の笑い話してくれよって言っているように感じました。 悲しみもまだまだありますが、クイとの楽しかった時間をこれからも大切にしたいと思います。 長々とコメント失礼しました
同じ季節がやって来ると辛いですよね。空気や日差しが記憶を呼び起こしてしまって。 甘えん坊でいつも一緒だった子に触れられなくなるのは、自分の一部を失ったような喪失感に襲われそうですね。他の方が書かれているかと思いますしフニャコさん自身も分かっておいでかと思いますが、気持ちにフタをせず波に逆らわず焦らずゆっくり癒して行って下さいね。 ぺーやんの命日に「アヤちゃんがぺーやんと重なる時があるよ!」とぺーやんに向け勢い良くコメントした私ですが、今回の記事を読み「フニャコさんの心・ペーやんを思う寂しさに触れてしまったのでは。」と反省しています。投稿直後から自分のコメだけど何か引っかかるなと首をかしげていたのですが、これだったのかもと。疲れていた時だったのでフニャコさんの目線になってみる余裕がなかったなぁと。気を付けますね。 それから、「影ながら応援しています。」の言葉 どうもありがとう。照れちゃいますが嬉しいものですね。お互い頑張りましょうね(*^.^*)照)
ぺーやんが亡くなる1ヶ月前に、私も同じく8歳の猫を心臓病で亡くしました。 発病してから8ヶ月間通院して、薬も頑張って飲んでくれていましたが、最期は苦しんで亡くなりました。 楽しい思い出もたくさんあるのに、猫を失った後悔と悲しみで思い出すのが辛いです。 猫の病気はどうすることも出来なかったのですが、苦しんで亡くなったことが今でも申し訳なく辛いのです。 私も最期の日の写真や亡くなった時の写真は、平常心では見られないため飛ばします。 でも消せば後悔しそうなので消せません。 私のこういった気持ちも、亡くなった猫の供養になるのだろうかと思いながら、日々過ごしています。

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