介護者もたまには旅行したい!さて、どう準備するか...!?「2人一緒にショートステイ(1)」/バニラファッジ

誰にでも毒舌で、すぐに色々なことを忘れてしまう認知症のお義母さんと、手足は不自由だけれど、しっかり者のおばさん(義叔母)。そんな個性的な2人との在宅介護の日々を描いた「伝説の介護ブログ」から、笑いあり、涙ありのエピソードをバニラファッジさんが再編集、連載形式でお届けします。今回から8回の予定でお届けするのは、在宅介護を行う上で必読となる「ショートステイ」のエピソード。送り出す側の苦労と送り出される側の悲哀...。ぜひ、ご一読ください。

53-1.png53-2.pngもともと私はインドア派で、旅行の計画など立てるタイプではありませんでした。

しかし本格的な在宅介護が始まり、いよいよ気軽に出かけることが難しくなってくると「温泉にでも行きたいなぁ」と思うようになってしまいました。

そんな話をダンナにしたら、「じゃあ、結婚記念日に温泉に行こう」と話が進み始めました。

お義母さんとおばさん、要介護者が2人もいる我が家で、「介護者が出かける」となると...

まず相談する相手はケアマネージャーさんです。


53-3.pngショートステイとは、一時的に施設に入所し、そこで介護を受けるサービスのことです。

介護者の体調不良や、急な用事で家を空けるといった時などに利用します。


53-4.png以前、嫁が帰省する時におばさんは1人でショートステイを利用したことがありました。

しかし今回、お義母さんは初めてのショートステイ。

ケアマネージャーさんからは、いきなり2泊3日は心配だということで、少し短く1泊2日での「練習お泊り」をするよう指導されました。

実はお義母さんは、わたしたち息子夫婦と同居が始まってからは、ほとんど家を空けたことがありませんでした。

おばさんがまだ車の運転をしていた頃は、百貨店へ2人で買い物に出かけることもありましたが、認知症になってからは、病院に連れ出すのも大変なほど「外出嫌い」になっていたんです。

53-5.png53-6.png53-7.png53-8.png53-9.pngふたりに「夫婦で遊びに行くから」とストレートに話すのはあまりにも荷が重いので、ショートステイしてもらう理由は「仕事」ということにしました。

そして、本番となる「2泊3日のショートステイ」の前に、プレで「1泊2日のショートステイ」があることも、丁寧に伝えました。


53-10.png53-11.png53-12.pngおばさんはすんなり納得してくれましたが、実はおばさんも施設でお世話になるショートステイにはとても抵抗があったようです。

しかし認知症のお義母さんと違って、「介護者の苦労」も理解できるおばさん。

その現実を受け入れなければいけないと、自分に言い聞かせていたようです。

しかし、「お義母さんには内緒にしておいてください」という私からのミッションが、この後おばさんを苦しめることになっていくのでした......。 (つづく)

次の記事:「すべては温泉旅行のためだけど...義母へのウソで「弱る義叔母」への葛藤...「2人一緒にショートステイ(2)」はこちら

笑いあり、涙あり・・・義母と義叔母のダブル介護!★バニラファッジさんの連載一覧

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
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バニラファッジ

夫と3人の子ども、義母と義母の妹(おばさん)の7人家族の日々を描いた大人気ブログ「7人家族の真ん中で。」の管理人さん。身体は丈夫だけれど、認知症で毒舌な義母(2016年に他界)と、頭はしっかりしているけど、リウマチと骨粗鬆症で車いす生活のおばさん(2015年に他界)との「在宅介護の日々」を、あれこれ思い出しながら描いていきます。著書に『スーパー嫁の汗と笑いの在宅介護: お義母さん!トイレはこっちです』『7人家族の真ん中で。』『91歳毒舌系女子、喧嘩を売って生きてます』など。

毎日更新!バニラファッジさんのブログ

「7人家族の真ん中で。」

家族に猫ちゃん…クスッとするエピソード満載です‼

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いつも、拝見させていただいてます。 私事ですが、実母が、8月12日急に右膝が痛くなり歩けなくなってしまい痛み止めの薬を服用していましたが快方に向かわず、10月23日手術をし経過良好にて11月6日退院し自宅療養をしています。 ファッジさんの自宅介護の経験談がとても役に立ちました。ありがとうございました。本日、我がふるさと茨城県で、いばらき介護フェス2019があり、ピアという在宅医療の映画を観てきました。医師、看護師、ケアマネジャー、ヘルパー、理学療法士、作業療法士、歯科衛生士、管理栄養士などたくさんの方々が協力して、患者さんが今何を望んでいるのかをみんなで考えながら療養のお手伝いをしていました。 主演の大学病院で勤務していた優秀な若い医師が、町医者である父親が脳梗塞で診療ができなくなってしまい、実家へ帰り診療所で診察、往診を始めました。最初は、大学病院で行なっていたやり方で患者さんを診ていましたが、子どもの時に書いた願い事の短冊(おとうさんのようにありがとうと言ってもらえる医者になりたい)を発見し、次第に患者の気持ちを汲み取れるお医者さんに変わっていきました。 心が温まりました。

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