ガンを患った91歳の母。辛くあたっては後悔する一人息子の悩み

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:kansamadesu
性別:男
年齢:52
プロフィール:一男、一女、孫2人、妻、母、という家族構成の、ごく普通のサラリーマンです。

8.jpg

昨年3月、90歳を迎える母が、通常だったら難しい年齢であるにもかかわらず、胃ガンの手術を受け無事成功。そして異例の回復力で、現在は長年楽しんでいる晩酌までには手が届かないまでも、ほぼ通常通りの生活を送っています。

手術前までは、大好きなパソコンゲームを自分専用のノートパソコンで毎日欠かさず、という生活をおくっていた母。晩御飯の支度も毎晩母が担当、89歳のスーパーおばあちゃんでした。
ただ、やはり大きな手術の後ということでガクッと劣る部分が出てしまったのは事実です。しかし、気丈な母は自分で乗り越えています。

ですが、私たち家族は、そんな母に対して優しく接してやれているわけではありません。

実は娘が2人の子供を生んだ後すぐに出戻りの状態で、もともと私の母とはぶつかっていました。それもあり病後の母、つまりおばあちゃんには優しくなど全くできていません。そして長男は、遠方へ転勤しているため、遠くから見守るのみです。ただ、私の妻は母とは仲が良く、今も献身的に母を見ていてくれています。

さて、私はといえば、実の息子にもかかわらず、優しい言葉がかけられずにいます。母に今辛い症状があるわけではないので、なおさら普段通り文句を言ったり、行動を指摘したりしてしまっています。さらに、少なからず認知症も始まっていて、年齢相応の動きしかできない母をなじったりすることもあるのです。

なぜ優しくできなのか、辛くあたった後に必ずと言っていいほど後悔の念に駆られます。自分は母一人子一人の一人っ子環境で育ち、自分でもわかるくらいわがままな人間です。ただ、大人なのだからいくらでも改善できるのに、母へは常に以前と同じ態度。
どうしたら優しくできるのだろう......と自問自答しています。

今年91歳になる母。しかもガンとほぼ同居状態ですので、よくても数年の命です。温泉へも連れて行きたい、美味しい物をたくさん食べさせたい、服も買ってあげたい。一番考えているのは私なのですが、一番できていません。優しくしたい気持ちが人一倍あるのに形に表せない場合、皆さんはどうしているのでしょう? 母は貧しいながらも笑いながら私を育ててくれました。しっかり覚えています。優しくしたい。残り少ない母の人生を、「ああ、良い人生だったなぁ」と母が心から思いながら天に召されるような形を作らなくてはなりません。

昭和一桁生まれで、激動の時代を生きてきた母。もうすぐ年号も変わりますので、母にとっては「思いもよらぬまさかの三つ目の年号」などと言っている毎日です。三つ目の年号の時代は、さらに母にとって幸せな時代になってほしい。それは、私が作っていかなければなりません。その背中を娘にも見せ、家族みんなで母の幸せを作っていきたいと思います。

関連記事:ちゃんと親孝行できたかな。最後のハワイ旅行と、亡くなった父に思うこと/中道あん

健康法や医療制度、介護制度、金融制度等を参考にされる場合は、必ず事前に公的機関による最新の情報をご確認ください。
記事に使用している画像はイメージです。
 

この記事に関連する「みなさんの体験記」のキーワード

PAGE TOP