腰の軽さが身上だったのに...5年前のヘルニアの「声も出ない」激痛の記憶に怯える53歳の私

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:uz
性別:男
年齢:53
プロフィール:会社勤めをしています。椎間板ヘルニアの発作を起こして以来、来るか来ないかさえ分からない腰痛におびえています。

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「......!!!」

声も出せないほどの激痛。

入浴中に体を洗って立ち上がり、風呂桶を拾おうと腰を曲げた瞬間にそれは来ました。

前触れも何もない腰への攻撃になすすべなく倒れたのは5年前の秋のことです。

これが噂に聞いた「ぎっくり腰」ってやつか...と直感的に思いました。

ただ改めて考えてみると、リラックスした入浴中に腰に負担をかけたわけでもないのに起こるものではありません。

でもその時は、そうとしか思えませんでした。

なんとかかんとか風呂場の扉を開け、妻(52歳)を呼びました。

裸のままでは医者にも行けないと、体の向きを工夫しながらなんとかジャージを身に付け、妻に支えられながら這う這うの体で車に乗り込みました。

シートに座っているのもつらいほどです。

脂汗をにじませながら病院につくともう動くこともできず、ストレッチャーに乗せられました。

まるで重病人のような扱いに情けなくもありましたが、身動きがとれない以上はどうしようもありません。

「う~ん、それはぎっくり腰じゃないですね......CTを撮らないと何とも言えないな。かなり痛いですが造影剤を入れて撮影しましょう」

これ以上の痛みなどあるものかと思っていたら、仙骨注射での造影剤注入は豪傑も悲鳴を上げる痛みとのこと。

確かに、痛いはずの腰を思わず動かしてしまうほどの激痛でした。

CTを撮り終えて、やっと麻酔を注射してもらえました。

医学ってすごいな、と感心するほど痛みが引いていきました。

病室で休んでいると先生がいらっしゃって「やっぱり、椎間板ヘルニアですよ」と宣告されました。

「飛び出した椎間板が神経に当たったんですね、ただあなたのは位置が悪い」

先生のおっしゃるには、通常のヘルニアと飛び出した方向が違うため、手術するのは難しいということでした。

「鎮痛剤と腰の矯正で椎間板が戻るようにしましょう。それで様子を見ます」

結局入院もせず、コルセットをはめて自宅療養と投薬となりました。

幸いその後痛むことはなく、1週間後に改めて検査したところ、椎間板は戻っているとのことでした。

基本的な治療は終わり、今後は経過観察というわけです。

先生は大丈夫と言ってくれましたが、二度と起きないと言われたわけではありません。

トイレに行って用を足し、立ち上がる時も前に屈むのには恐怖を感じました。

背筋を伸ばしたまま、壁を伝って立ち上がるようにしていました。

会社に行っても椅子に座るときはドキドキです。

フットワークが軽いのが身上でしたが、同僚が重たそうな箱を持っている時も手伝いに行く気にはなりません。

駅前のお客さんに会釈をする時も、クビだけでぴょこんと頭を下げる癖がついてしまいました。

風呂に入っていてもなんとも休まりません。

記憶が呼び覚まされ、体を洗ったりシャワーを浴びたりする時も立ったままするようになりました。

体が温まると、何となく腰を重く感じることがあり、そんな時はもしや、と恐ろしくなってしまいました。

寒い日の朝に起きる時などは、腰に違和感を覚えることがあります。

そうなるともう一日中気がふさいで気欝で、何をするのも億劫になってしまいます。

腰を痛めてしばらくの間、そうなったときは会社も休んでしまっていました。

5年が過ぎ、幸いなことに発作は起きていません。

この頃はかなり安心してきて、日常生活では腰のことを忘れる時も増えてきました。

しかしそれでも、腰に少しでも違和感があると、急にスローモーションのような動きになり、周囲にいぶかしげに見られることがあります。

腰の爆弾は、まだまだ私を悩ませてくれそうです。

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