「僕は本当に肺がんステージ4ですか?」僕が受けた2つの「セカンドオピニオン」/僕は、死なない。(15)

「病気の名前は、肺がんです」。突然の医師からの宣告。しかもいきなりステージ4......。2016年9月、50歳でがんの告知を受けた刀根 健さん。「絶対に生き残る」「完治する」と決意し、あらゆる治療法を試してもがき続ける姿に......感動と賛否が巻き起こった話題の著書『僕は、死なない。』(SBクリエイティブ)より抜粋。21章(全38章)までを全35回(予定)にわたってお届けします。

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りんかい線国際展示場駅から数分歩くと、立派で近代的な建物が目に入ってくる。

ここががん治療の国内トップの一つ、がん研有明病院だ。

9月下旬、僕は妻と姉とともにセカンドオピニオンに出かけた。

受付を済ませると、呼び出しベルのようなものを渡された。

このベルが鳴ったら診察室の前に行けばいいらしい。

それまでは院内でコーヒーを飲んでてもぶらぶらしていても構わないのだとか。

病院のロビーは天井も高く、シックな色合いでまとめられたデザインはまるで高級ホテルのようだった。

ただ、高級ホテルとは違いラッシュ時の新宿駅のホームのように、多くの人が雑多にあわただしく行き交っていた。

そして、どの人の顔も凍りついたように緊張し、笑顔はなかった。

「すごい人だね」

妻が感心したようにつぶやく。

「駅のラッシュみたいだね」

一緒に来た姉もキョロキョロと周りを見渡した。

「でも、この人たち、みんながんなんだよね。がん患者か、その家族......」

膨大な人の渦に揉まれながら、自分もその一人になってしまったことを痛感した。

ロビーをぶらぶらしているとブザーが鳴ったので指定された診察室前の長椅子に移動した。

前の人の時間がかかっているのだろうか、予定時刻を30分過ぎた頃にやっと僕の番になった。

がん研有明病院のドクターは呼吸器内科長をやっている有名な先生で、僕もネットで何度か名前を目にしたことがあった。

ドクターは掛川医師からの診療情報提供書に目を通し、僕のCTやペット画像の入ったCD ‒ ROMから画像を引き出した。

僕はセカンドオピニオンで確認したい点が三つあった。

一つは本当にステージ4なのかということ。

二つ目は抗がん剤以外の治療法にはどんなものがあるのか?

三つ目は普段の生活で注意すること。

「先生、僕は本当にステージ4なのでしょうか?このペット画像で光っている場所は以前ボクシングでヒビが入ったところのような気がするんです。だから骨は違うんじゃないかと思うんですけど」

僕は一縷の希望を込めてドクターに問いかけた。

そうです、これはヒビですね。

ステージ4は間違いでした、そう言ってほしかった。

ドクターは僕の言葉を確認するようにペット画像が映った画面に顔を近づけてしげしげと眺めて言った。

「いえ、残念ですがこれは転移やと思いますよ。ステージは4で間違いないでしょう」

少し関西弁の混じったトーンは柔らかいが、内容は酷だ。

「診療情報提供書も読ませていただきましたが、ウチで診断しても同じやと思います」

「そうなんですか......」

一つ目の希望が潰えた。

「あの......僕は抗がん剤の治療に気が進まないのですが、抗がん剤以外の治療はどんなものがあるのですか?」

「代替医療のことですか?」

「ええ、まあそういうものも含めて、です」

ドクターは少し強い口調に変わった。

「そもそもちゃんとした治療効果があるなら保険診療が降りるはずですよ。それが降りないということは、効かない、あるいは効いたというちゃんとした実績、エビデンスがないからとちゃいますか?」

「そうなんですか?」

「ええ、そうです。保険診療が降りているということは、厳しい検査や治験を経て、この治療は効果があると国から認定されているからですよ。抗がん剤だってそうです。だから保険が降りているのでしょう?逆にそれ以外のものをやるのは危険ですよ。効かないと思ったほうがいいです」

ドクターの意見ははっきりしていた。

「普段の生活で意識することとかあるのでしょうか?漢方薬とか食生活とか、栄養素のサプリとか......」

「それも同じです。私はあんまり意味はないと思ってます。まあやりたいならやったほうがいいという程度でしょうね」

「まあウチでやったとしても治療方針は同じですね、アリムタかシスプラチン。違うとすると治験かな。ウチに来ればウチの治験を受けられますんで、転院してもいいですよ。あなたが今かかっている病院とはよく知った仲ですんで」

がん研有明病院のドクターの話は僕の期待に応えるものではなかった。

もちろん治験などやる気はなかった。

数日後、二つ目のセカンドオピニオンを受けに行った。

帯津三敬病院といって、院長の帯津良一先生は西洋医療のみならず、気功などの代替医療をがん治療に取り入れていることで有名な医師だった。

僕はそこに希望をかけた。

待合スペースでしばらく待った後、帯津先生の診察室に呼ばれた。

帯津先生は写真で見た感じと違って、小柄でかわいらしいおじいちゃんといった感じの人だった。

「こちらの病院で治療を受けることはできるのでしょうか?」

僕はできればこの病院に転院したいと思っていた。

病気に対する考え方が僕に近いと思っていたからだ。

帯津先生は残念そうに首を振ると、言った。

「いやぁ、ウチの病院には呼吸器科はないんですよ」

「え?」

「そうなんです。肺は診てないんです」

「そうなんですか!」

まいった......あてが外れた。

「じゃあ、先生が信頼できる病院をご紹介していただくことはできますか?」

「あなたが今通っている病院で治療したほうがいいと思いますよ」

「いやでも、僕は抗がん剤はやりたくないのです」

「でもね、使える武器は全部使ったほうがいいと思いますよ。抗がん剤も1クールぐらいやってみて、それでいやなら止めればいいし」

「そうなんですかね」

「ええ、全ての方法を試したほうがいいと思います」

「うーん」

帯津先生のところでは僕が肺がんステージ4なのかはわからなかった。

もちろん今後の治療のこともわからなかった。

ただ最後に帯津先生はこう言った。

「最終的には、自分の信じたやり方でやりなさい」

セカンドオピニオンでは結局新しい情報は何も得られなかった。

この結果をもって今後の方針を決めなければならなかった。

道は三つあった。

一つ目は諦めて抗がん剤の治療を受ける道。

この道だと、どこで治療を受けるかという分かれ道につながる。

がん研有明か、今の大学病院か。

二つ目は抗がん剤をやらないという道。

そのときはどこでどんな治療をするのかを調べて選択しなければならない。

まだまだわからないことだらけの道。

三つ目は抗がん剤をやりながら代替医療もやるという道。

がん研有明を含め基本的には代替医療は認められていないから、病院には内緒でやるしかない。その代替医療もこれから調べなければならない。

さて、どの道を選ぶか、それが問題だ。

代替医療を選びたいのはやまやまだけれど、まだまだ情報が少なかった。

情報がなければ調べるしかない。

僕は代替医療のドクターたちの書いた本を読みまくった。

どの書籍にも奇跡的な回復をした実例が載っていた。

それを読むとどれも効きそうな感じがする。

どの治療も自分のがんを消してくれそうに感じる。

でも、本当なのだろうか?

これはやっぱり直接話を聞いてみなければ。

ドクターはどんな人物か、実際に会ってみなくては。

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shoei001.jpg50歳で突然「肺がん、ステージ4」を宣告された著者。1年生存率は約30%という状況から、ひたすらポジティブに、時にくじけそうになりながらも、もがき続ける姿をつづった実話。がんが教えてくれたこと」として当時を振り返る第2部も必読です。

 

刀根 健(とね・たけし)

1966年、千葉県出身。OFFICE LEELA(オフィスリーラ)代表。東京電機大学理工学部卒業後、大手商社を経て、教育系企業に。その後、人気講師として活躍。ボクシングジムのトレーナーとしてもプロボクサーの指導・育成を行ない、3名の日本ランカーを育てる。2016年9月1日に肺がん(ステージ4)が発覚。翌年6月に新たに脳転移が見つかり、さらに両眼、左右の肺、肺から首のリンパ、肝臓、左右の腎臓、脾臓、全身の骨に転移が見つかるが、1カ月の入院を経て奇跡的に回復。現在は、講演や執筆など活動を行なっている。

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『僕は、死なない。 全身末期がんから生還してわかった人生に奇跡を起こすサレンダーの法則』

(刀根 健/SBクリエイティブ)

2016年9月、心理学の人気講師をしていた著者は、突然、肺がん告知を受ける。それも一番深刻なステージ4。それでも「絶対に生き残る」「完治する」と決意し、あらゆる代替医療、民間療法を試みるが…。当時50歳だった著者の葛藤がストレートに伝わってくる、ドキドキと感動の詰まった実話。

この記事は『僕は、死なない。 全身末期がんから生還してわかった人生に奇跡を起こすサレンダーの法則』(刀根 健/SBクリエイティブ)からの抜粋です。

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