<この体験記を書いた人>
ペンネーム:まなやさん
性別:女
年齢:51
プロフィール:父が亡くなって9年になります。
「おしっこに赤い血みたいな筋がはいってるんだよね......」。
74歳になる父がボソッと言った。
「そうなの? 病院行ったほうがいいよ」と言って自ら一人で病院へ行く人ではない。
私はすぐ父を病院に連れて行った。
結果は膀胱癌でステージ4だった。
父は、これまでいろいろな病気をして、父のお腹は手術痕だらけだった。
父は膀胱癌の手術をしないと選択した。
代々男性は72歳で亡くなっている家系なので「俺は2年も得したから、このままでいい。歳をとってるから進行も遅いだろう」と言って笑った。
それと同時に、私は結婚10年目にして初めてお腹に赤ちゃんが宿った。
父の生まれ変わりなんて絶対に思いたくない! と縁起でもないことを思った。
父の血尿騒ぎで、お腹の赤ちゃんのことを言いそびれていた私は「そう言えば! 発表があります!」と朝ごはんを食べ終えてから言った。
父は大きな湯呑みを机に静かに置いた。
その動作を待って「赤ちゃんできました!」と言うと、父はまばたきをせず私をじっと見据えた。
私が大きくうなづくと「バンザーイ」と両手を高く上げて、クシャクシャの笑顔で喜んだ。
そして、飲みかけのお茶もそのままに、行き先も言わずどこかへ出かけてしまった。
何時間も帰って来ず、夕方ひょっこり帰って来た。
「どこ行ってたの!! 心配するじゃない!!」と言うと「手術の予約して来た」と照れたように言った。
手術は8時間かかり、入院も長く、父は手術を選択したことを後悔する言葉を吐いたりしたが、私のだんだん大きくなっていくお腹が何よりの薬となり、無事退院した。
その数カ月後に無事、元気な男の子が生まれた。
父はまだ赤々した手術痕を手で押さえながら産婦人科に毎日通っては、待ちに待った待望の孫を大きな手のひらで包み込んで何時間も抱いていた。
孫ができたお陰で生きたいと思う力をもらった父は、10年間全てを孫の為だけに注いだ。
手を繋いで二人でお散歩に行く様子を玄関から見送るのが、私の人生で一番の忘れられない風景。
父は一番可愛い盛りの孫と一緒に過ごした。
「俺の役目はここまで。楽しかった」と言わんばかりに、加齢で徐々に体力がなくなり点滴で暫く命を繋いでいた。
毎日病院にお見舞いに通った。
そんなある日、突然子どもが言った。
「今、お水を飲ませないと僕、一生後悔する」
孫がおじいちゃんに、スプーンにひとさじ飲ませた水。
父は目を開けて「あー、おいしい」と言った。
それが最後の会話。
そして最後に口にしたものだった。
亡くなる2日前の出来事。
84歳。晩夏。
病室の窓を開けて爽やかな風に乗って、天に昇った。
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