65歳以上の5人に1人が発症すると言われる認知症。発症してもご本人の自尊心を大切にし、家族とともに穏やかな日常を送るためには、どんな知識や工夫が必要なのでしょうか。介護経験を持つお笑い芸人の安藤なつさんと、認知症ケアのモデルケース「SHIGETAハウスプロジェクト」代表の繁田雅弘医師は、共著である書籍『知っトク認知症 家族と本人が自分らしく暮らし続ける超入門』(KADOKAWA)で、認知症とともに自分らしく生きるための具体的なヒントを分かりやすく解説します。今回はこの本の中から、認知症ケアの最新知見や上手な人の手の借り方など、本人も家族も「自分らしく暮らし続ける」ためのヒントをご紹介します。
※本記事は安藤なつ(メイプル超合金)、繁田雅弘(著)による書籍『知っトク認知症 家族と本人が自分らしく暮らし続ける超入門』から一部抜粋・編集しました。
【世話をする・される役割の前に、家族に戻る】あらためて親子関係を取り戻す
CHECK!
□認知症になると、親子の立場が逆転しやすい
□「してあげる」より「一緒にやる」が関係を保つ
□日常の関わりが、その後の判断を支える
安藤なつさん(以下、安藤):親が認知症になると、つい「病気の人」というフィルターで見てしまいがちです。いつの間にか立場が逆転し、子が管理するような接し方になるのは、双方にとってつらいことですよね。
繁田先生(以下、繁田):おっしゃる通りです。ですから、関係が「世話をする側・される側」に固定されてしまう前に、まずは一歩立ち止まって、本来の「親子」に戻ってほしいのです。
安藤:心配する気持ちが強くて、ついつい行動をチェックしてしまう面もありますけど……。
繁田:心配なのは当然ですが、その前に一度「最近、純粋に家族として親に会いに行っているか?」と自問してみてください。大切なのは症状のチェックではなく、ただ一緒に過ごす時間をかけがえのないものとして、慈しむことですよ。
安藤:確かに。会うたびに「薬は飲んだ?」「火の元は大丈夫?」などと、子ども扱いするような関わり方ばかりになってしまうと、親子どちらにとっても楽しくはないです。
繁田:講演会で「親に会ったら、まず何をしたいですか?」と聞くと、みなさん考え込みます。でも、「一緒にお茶を飲みたくないですか」「思い出のお菓子をまた食べたくないですか」と聞くと、パッと表情が和らぎ、「そうか、そういう時間が大切だった」と思い出されます。
安藤:病気のことよりも、親子という原点に立ち返る。
繁田:そうです。診察室に来る親御さんの本音も、実は病院に付き添ってもらうよりも、「たまには子どもとごはんを食べたい」「ゆっくりお茶を飲みたい」という声が本当に多いのです。まずはその思いを受け止める。治療やケアのことを考えるのは、その後でいいのです。
安藤:親子の関係を取り戻す……。そのためには、具体的に何から始めるといいのでしょうか。
繁田:たとえば外来では、「家族で旅行に行ってみたら?」と勧めることがあります。特別な意味はなく、ただ一緒に出かける。ただ一緒に景色を眺めたり、おいしいものを食べたりする。それだけで関係性が変わることもあるからです。
安藤:旅行ですか? 意外です。
繁田:ポイントは「親が行きたい場所」ではなく、「子どもが行きたい場所」に誘うことです。「連れて行ってあげる」形だと、親は「世話をされる人」になってしまいます。そうではなく「わたしがあそこに行きたいから、ついてきて」とお願いするのです。
安藤:「あなたのため」という親孝行な感じではなく、「わたしの願い」として甘えるわけですね。
繁田:そうです。「親として、ついて行ってやるか」と思えるようにする。「しょうがないな」と子どもに付き合う時間が、親としての自尊心をくすぐるんです。
安藤:「この前はお母さんの行きたい店に行ったから、今日はわたしの行きたい場所に付き合って」といった、ごく普通の対等な関係でのやりとりですね。
繁田:その対等さが重要です。親が年をとったり、認知症になったりすると、子どもはどうしても「してあげる側」になりやすい傾向があって、それが行きすぎると、「やってあげている」という恩着せがましさを生んでしまうんです。
安藤:「忙しいなか、してあげてるのに」「せっかく連れてきてあげたのに」という不満が、ふとしたときに出そう。
繁田:そうなると、親のちょっとした失敗にもイライラしやすくなりますね。それは純粋に親を思う気持ちより、自分の「世話のしんどさ」が勝ってしまっている状態です。
安藤:よかれと思ってやっていることが、逆に関係をこじらせてしまう原因になる……。
繁田:だから旅行も、「してあげる」ではなく「付き合ってもらう」形をとる。それだけで空気感は変わりますし、親子関係を取り戻すよいきっかけになりますよ。
安藤:旅行は体力的に難しいなという人の場合、もう少しハードルを下げて取り組めることがありますか?
繁田:散歩もいいですよ。他には、たとえば、親が若い頃の写真を一緒に見るのもいいでしょうね。片付けのとき、古い写真が出てくることも多いですよね。「このときはどこに行ったの?」「隣に写っている人は誰?」と、たあいもない質問を投げかけてみてください。それだけで、「親にもこんな輝いていた時代があったんだ」という当たり前の事実に、改めて気づかされるはずです。
安藤:確かに、親の青春時代や、自分が生まれる前のイキイキとした姿については、ほとんど知らないままかもしれません。
繁田:そうなんです。結婚前や若く自由を謳歌していた頃など、誰もが「自分だけの物語」を生きていた時代があります。その一面に触れることで、親を見る目が「老いた親」から「一人の人間」へと変わっていく。もしこの先、本格的な介護が始まったとしても、その人の人生の背景を知ったうえで向き合えたら、家族側の心の持ちようも随分と違ってくるはずです。
安藤:「親には親の人生がある」と頭では分かっていても、実は断片的な記憶しか持っていなかったと、気づかされますね。
繁田:その気づきだけでも、親子の関係を再構築するための大きな一歩だと思いますよ。
安藤:お話を聞いていて、日常の中で今すぐにでも実践できそうなこととして、パッと思い浮かんだのが料理です。世の中の多くのお母さんは、長年家族の健康を支えるためにキッチンに立ち続けてこられたと思いますが、認知症になると、どうしても「次は何を入れるんだっけ?」「お鍋に火をかけた後、何をするんだったかな」と、複雑な調理手順の途中で迷ってしまう場面が出てきますよね。
繁田:はい、よくあります。料理というのは「献立を決め、材料を揃え、火加減を見ながら味付けを整える」という、いくつもの工程を同時に進める必要がありますからね。脳の機能が不安定になると、工程の優先順位が一時的に分からなくなるのは珍しいことではありません。それは症状としてごく自然なことです。
安藤:そんなとき、もしわたしだったら「危ないから座っていて」とキッチンから遠ざけるのではなく、あえて一緒にキッチンに立って、母が長年守ってきた我が家の味を二人で再現する時間を持てたらいいなと思うんです。もし母が途中で止まってしまっても、「ここに醤油があるよ」とそっと差し出したり、「これって、強火で一気に炒めるんだったっけ?」と相談するように声をかけたりしながら、一緒に完成を目指すような関わり方です。
繁田:それはとてもいいですね。ここでもやはり鍵となるのは、「手助けをしてあげる」という上からの目線ではなく、肩を並べて「一緒にやる」という横並びの姿勢です。そうすると、多少段取りが不安定であっても、親はまだ「教える側」でいられる。自分の経験を生かせる立場でいられるんです。
安藤:なかには料理があまり得意ではない方もいるでしょうが、「毎朝パンをトーストして、ジャムを塗る」といった何気ない習慣も、立派な家庭内での役割ですよね。
繁田:その通りです。パンを焼く、お皿を並べる、お茶を淹れる。そうしたひとつひとつの動作こそが、その人の自分らしさを支える大切な役割です。認知症になったからといって、ある日突然、それら全てが失われるわけではありません。
安藤:「パンはどこに置いたっけ?」「今日はバターにする? それとも?」と一緒に考えるだけでもいいんですよね。
繁田:そうです。そこで「危ないから任せて」と役割を奪ってしまうと、親は自信を失ってしまいます。逆に「これ、どうするんだっけ?」とさりげなく頼られれば、「自分はまだ必要とされている」という実感が持てるのです。
安藤:そうした一言があるかないかで、親の気持ちは天と地ほど変わってくるのですね。
繁田:人はいくつになっても、誰かの役に立っているという感覚が生きる支えになります。「全て任せて」と突き放してしまうのではなく「一緒にやる」。この意識が、親子関係を再生させます。
安藤:病院や治療の話より、まずは関係を見直すことが先決だと痛感しました。
繁田:その通りです。病気の話は後からでいいんです。まずは親子としての時間を取り戻し、「最近、体調はどう?」と声をかける。その順番を忘れないでください。

