「がんは結局、運の要素が大きい」と話すのは、病理学者として長年がんと向き合ってきた仲野徹先生。食生活に気を配り、健康的な暮らしを心がけていても、病気はある日突然やってくることがあります。だからこそ「がんは運」という言葉は、決して突き放すものではなく、「自分のせい」「生活習慣が悪かったのかも」と自分や家族を責めてしまう気持ちを、そっとほどいてくれる優しさを持っています。本記事では、仲野先生の著書『がんは運である? 自分事として向き合うための手控え帖』(KADOKAWA)より、がんという病気と自分らしく向き合い、納得して人生の選択をしていくためのヒントを抜粋してお届けします。
※本記事は仲野 徹 (著)による書籍『がんは運である? 自分事として向き合うための手控え帖』から一部抜粋・編集しました。
禁酒は無理でも、せめて節酒
飲酒は、肝細胞がん、食道がん、大腸がん、頭頸部がん、男性の胃がん、閉経前の女性の乳がんと関連することがわかっている。なので、飲まないことがベストである。しかし、断酒しましょう、と書かれていることはほとんどなくて、節酒しましょう、になっている。これは、アルコールが社会生活にあまりに深く浸透しているために、禁酒することが困難だからである。
理想的な社会を目指して禁酒が試みられたことがあるけれど、米国をはじめことごとく失敗に終わっている。イスラム諸国は宗教上の理由から禁酒政策のとられている国もあるが、ノンフィクション作家・高野秀行さんの『イスラム飲酒紀行』(講談社文庫)によると、そういった国ほぼすべてで密造酒が造られており、アルコールを入手することができるらしい。私もイランへ行った時、以前日本にいたことがあるというイラン人に「リスクとってビール飲むか?」と勧められたことがある。乾燥した気候であり、喉から手が出るほど飲みたかったけれど、もし官憲に見つかったらあかんので我慢した。強制送還してくれたらまだしも、国内留置とかされたらたまらんし。
「酒は百薬の長」という素晴らしい言葉がある。広辞苑には「適度な酒はどんな薬にもまさる効果があるという意」と書かれている。おいおい、なんで「適度な」って勝手に付け加えてるねん。気持ちはわかるけど、それは解釈しすぎとちゃうんか。というのはさておき、この言葉、漢の時代から言い伝えられているらしいだけに馴染みが深い。医学研究でも、大量がダメなのは明らかだが、少量のアルコールが体にいいかどうかは意見が分かれていた。しかし、悲しいかな、最近では、たとえ少量でも体に悪いとする説が有力だ。
薬物依存症を専門とされる国立精神・神経医療研究センターの松本俊彦医師によると、もし、アルコールなるものが新しく発見されたとしたら、間違いなく禁止薬物に指定される、ということだ。飲んだら体に悪い、暴れたりする人が出る、急性中毒がある、依存症がある。確かに言われたらその通りだ。
がんとアルコールの話に戻ろう。これについても疫学調査がなされている。以下、男性についてのデータを。少し安心なのは、日本酒にして一日平均2合未満のアルコールを飲む人では、飲まない人とがんの発症率に違いがなかったということである。ちなみに日本酒1合のアルコール量はビール大ビン1本、ワインでワイングラス2杯(200ml)、焼酎で0・6合、ウイスキーでダブル1杯のアルコール量に相当する。しかし、飲酒量が増えるにつれて発がん率は上昇し、日本酒で一日平均2合以上3合未満だと1・4倍、3合以上だと1・6倍になる。これはあなどれない数字ではないか。女性については大量に飲む人が少ないせいか、きちんとしたデータが出されていないが、一般的に女性の方がアルコールによる健康被害が生じやすいとされているから、もっと影響は大きいかもしれない。
アルコールは肝臓において、中間代謝産物であるアセトアルデヒドを経て酢酸へと代謝される。アルコールそのものにも発がん性があるが、アセトアルデヒドが主要な発がん要因である。ちなみに、顔が赤くなる、頭痛、吐き気、動悸といった症状もアセトアルデヒドによるものだ。
アセトアルデヒドから酢酸への代謝能力は遺伝子によって決まっている。代謝能力が高い人はアセトアルデヒドから酢酸への分解が速く進むので、症状が出にくい、すなわち、酒に強いということになる。白人はほぼ全員が高い代謝能力を持っているのだが、日本人には、高い、中間、低いの三つのタイプがあり、それぞれ約56%、40%、4%の割合である。代謝能力が低い人はすぐ気分が悪くなるのでほとんど飲めないのだが、中間の人は弱いけれど飲めはする。そして酔っ払う。すぐに酔うけれどお酒好き、そのような人はアセトアルデヒドの血中濃度が高くなりやすく、その結果として発がんのリスクが高くなる危険性があるので注意が必要だ。
もうひとつ、悪者同士がつるんでとんでもない悪さをするように、アルコールとタバコは発がんのリスクを相乗的にあげることが知られている。特に、食道、口腔、咽頭、喉頭といった上部消化管でリスクが著しく向上する。愛知県がんセンターなどの研究によると、喫煙者、飲酒者ともに食道がんのリスクがそれぞれ約2・8倍であるのに対して、喫煙も飲酒もする人は約8・3倍にはねあがる。タバコには発がん物質のタールが含まれているが、これがアルコールに溶けて上部消化管に作用することが要因ではないかとされている。何とも恐ろしい話ではないか。
ということで、アルコールもできるだけ控えましょう。って人には勧めるんですけど、なかなかねぇ。わたしにとっては、言うは易く行うは難しの典型ですわ。

