「がんは結局、運の要素が大きい」と話すのは、病理学者として長年がんと向き合ってきた仲野徹先生。食生活に気を配り、健康的な暮らしを心がけていても、病気はある日突然やってくることがあります。だからこそ「がんは運」という言葉は、決して突き放すものではなく、「自分のせい」「生活習慣が悪かったのかも」と自分や家族を責めてしまう気持ちを、そっとほどいてくれる優しさを持っています。本記事では、仲野先生の著書『がんは運である? 自分事として向き合うための手控え帖』(KADOKAWA)より、がんという病気と自分らしく向き合い、納得して人生の選択をしていくためのヒントを抜粋してお届けします。

※本記事は仲野 徹 (著)による書籍『がんは運である? 自分事として向き合うための手控え帖』から一部抜粋・編集しました。

まず第一に禁煙

タバコが肺がんの原因であることはよく知られている。いまでは常識になっているが、好著『がん─4000年の歴史─』(ハヤカワ文庫)によると、タバコ会社からの妨害ともとれる運動もあり、そのことが証明されるには長い年月にわたる膨大な研究が必要であったという。

タバコによる発がんの理由は単純だ。タバコの煙には何千種類もの化学物質が含まれており、そのうちの数十種類もが発がん性を持つからだ。あるものはDNAに直接傷をつけて変異を促し、他のものは細胞の増殖を促進する。なので、タバコを吸うと発がん率があがるのは当然だ。昔から、タバコを吸った量と発がん率には強い相関があることが知られていたが、タバコの煙に「細胞をがん化させる素」が入っているようなものだから、これもよく理解できる。

喫煙は肺がんだけでなく、食道がん、膵臓がん、胃がん、大腸がん、肝細胞がん、子宮頸がん、頭頸部がん、膀胱がんなど、さまざまながんの発症リスクをあげることが報告されている。また、喫煙者は非喫煙者に比べて、何らかのがんになるリスクがおよそ1・5倍になるとされている。ついでに書いておくと、喫煙は、慢性閉塞性肺疾患といった呼吸器系の病気、動脈硬化による心血管系の病気、胃潰瘍のような消化器系の病気から歯周病まで、さまざまな病気の発症に関与している。いわば、ろくでもない習慣なのだ。

こんなに悪いことだらけなのだが、喫煙率は下がってきているとはいえ、2024年で、男性で24・5%、女性で6・5%(合計で14・8%)もあって、「がん対策推進基本計画」で目標とされた「2022年度までに成人喫煙率を12%とすること」は達成できなかった。もし喫煙している方がおられたら、すぐにでもやめることをオススメしたい。ニコチン依存症にはニコチンパッチがあるし、いろいろな禁煙プログラムがおこなわれているので、それに参加するのもいいだろう。

電子タバコや加熱式タバコは、ふつうの紙巻きタバコよりはましなのかもしれない。しかし、発がん物質は紙巻きタバコより少ないが、製品によってはアルデヒドのような発がん物質が含まれていることが指摘されている。また、まだ発売されてそれほどの年月がたっていないので、長期的な影響がどの程度あるのかについてはよくわかっていない。電子タバコや加熱式タバコは安全と鵜呑みにするのではなく、こういったことを理解しておく必要がある。

いままで吸ってきたからもうどうでもええわ、と考える人もおられるだろうけれども、それは間違っている。禁煙するとがんになるリスクが低くなることが、国立がん研究センターの大規模なコホート研究によってわかっているからだ。「コホート」というのは聞き慣れない言葉かと思うが、「調査・研究の対象とする、年齢・職業などある属性を同一にする集団」(広辞苑)のことで、この場合は男女とか喫煙歴とかによって分けた集団、すなわちコホート別に解析した研究である。その結果、禁煙するとタバコに関連するがんの率が次第に低くなることがわかっているのだ。

さらに、長期間禁煙すると「生涯非喫煙者」と同じレベルにまで低下することが報告されている。がんによってその年数は異なっており、男性の場合、膵臓がんは0~5年、食道がんや膀胱がんは6~10年、肺がんは11~15年、胃がんは21年以上である。また、女性の場合、11 年以上の禁煙で生涯非喫煙者と同じ肺がんリスクになる。当然ながら、喫煙量が多かった人、喫煙年数の長かった人の方が、禁煙の効果が出にくい。また、女性の方が禁煙効果が高いのは、タバコを吸う量の少ない人が多かったためと考えられている。

禁煙により、新しい遺伝子変異が生じにくくなるのはわかる。しかし、一旦、遺伝子に変異が入ってしまえば、それが元通りになることはない。にもかかわらず禁煙によって発がん率が次第に低下していくというのは、いささか不思議な話である。これには、がんに進化する前の段階にある異常細胞の免疫による排除、タバコの煙が引き起こす炎症がなくなることによる増殖刺激の低下、あるいは、肺の細胞の再生などが関与しているのだろうと推測されている。何はともあれ、いいお知らせではおませんか。

もうひとつ、やめた方がいい理由がある。それは受動喫煙、すなわち周囲の人への悪影響だ。受動喫煙が肺がんの発症率をあげるのは間違いないし、鼻腔・副鼻腔がんや乳がんの率もあげるのではないかとされている。最近は禁煙の場所が増えてきていて、狭苦しい駅の喫煙スペースでタバコを吸う人たちを見ると、何を好き好んで狭い場所に潜り込んで健康を害するようなことをしておられるのだろうと思ってしまうのはわたしだけではないだろう。

ここまで読んでも、やっぱりタバコはやめられないという人は、それなりの覚悟を持つ必要がありますわなぁ。悪いこと言わへんからやめときなはれ、としか言いようがありませんけど。