日本史上の人物の波乱万丈な生涯を描くNHK大河ドラマ。今年は、松本潤さんが戦国乱世に終止符を打った天下人・徳川家康を演じています。毎日が発見ネットでは、エンタメライター・太田サトルさんに毎月の放送を振り返っていただく連載をお届けしています。今月は「家康家臣団の魅力」についてお届けします。
※本記事にはネタバレが含まれています。
【前回】孤独な王・信長(岡田准一)死す。「愛」を軸にした新たな「本能寺の変」の描き方
イラスト/森田 伸
松本潤主演のNHK大河ドラマ「どうする家康」。本作は戦国の世を終わらせ江戸幕府を築いた徳川家康の生涯を、古沢良太が新たな視点で描く作品だ。本記事では8月放送分を振り返る。
「そしてなにより、良き家臣たちに恵まれたからに他ならぬ......」
第32話「小牧長久手の激闘」。秀吉(ムロツヨシ)の10万の大軍勢に対する家康は、臆病な自分がなぜこの乱世でここまでやってこられたか、家臣たちに語った。
今川義元(野村萬斎)に学び、織田信長(岡田准一)に鍛えられ、武田信玄(阿部寛)に兵法を学びとった。ただそれだけでなく、家臣たちがいてくれたからこそだからだという感謝の言葉が冒頭のセリフだ。
本作の家康は、強大なカリスマではなく、弱く臆病で、どこまでも「どうする?」と逡巡する"白兎"として描かれる。それを支えてきたのが個性的に描かれる家臣たち、そして瀬名(有村架純)や於愛(広瀬アリス)の存在である。
家康を支える家臣たちは、序盤の三河家臣団のころから、それぞれが親しみ深く愛すべきキャラクターとして描かれてきた。時には意見が食い違ったりすることもありながらも、いつの日か家康が天下をとる日が来るようにという共通の目標のために奮闘する姿は、チーム、グループ、パーティのようである。"推し家臣"がいる視聴者も少なくないだろう。
ところで8月放送回の舞台は、本能寺の変以後、勢力図が大きく変動する時期。"どうする版"の秀吉はこれまで極めて静かに脅威を見せつけてきたが、信長の死後に本領を発揮、民衆の心もつかみ、着々と天下獲りの足固めを進めていく。一気に力を増し、怪物化する秀吉。ついには公家の最高職、関白に就任し、「征夷大将軍より上」かもしれず「名実ともに信長を超えた」存在へとその権力は脅威的に肥大化していた。
そんな秀吉に、小牧長久手の戦いでこそ勝利した家康だが、天才的な人たらしの力で得た秀吉の権力はすでに太刀打ちできないほど圧倒的なもので、いくら「徳川四天王」が優秀でも、どうするどうすると策をめぐらせてもどうにもならない状況。いまや朝廷にさえ認められる秀吉に対抗することで、徳川は朝敵とされる可能性も生じてくる。家康はもはや"詰んだ"状況に追い込まれた。
そこで大きな決断をしたのが、秀吉サイドと外交官的に行き来する役割を担っていた重臣・石川数正(松重豊)だった。秀吉にスカウトされる数正は、家康も秀吉に平伏すよう要求する。
「殿は、化け物には敵いませぬ......」
それを聞いた家康は、化け物退治をしなければならないと言う。相容れぬ二人。それでも数正に側にいてほしいと願う家康。
家康は数正に自身が目指す「戦のない世の中」について語り始める。「この世を浄土にする」という思い。それは今は亡き瀬名から家康が受け継いだ願いでもあった。その切実な思いを量り知れるのは、古参家臣である数正だけなのかもしれない。
家康の思いを聞き、覚悟を決める数正。
「殿を天下人にすることこそ我が夢である」「私はどこまでも殿と一緒でござる」
しかし、数正の下した決断は、秀吉のもとに出奔するというものだった。
数正の真意は。家康を、そして岡崎を守るために、自分が裏切り者となり「化け物」の中に入って制御、抑制していこうという可能性に賭けたのではないか。史実上「裏切り者」とされる石川数正を、本作ではそのような義と愛あるゆえの決断という形で描き出してくれた。そこには、どこかグループの初期メンバーが新天地に旅立っていくような雰囲気さえ感じられた。
あまりにも強大な怪物として、その力のインフレが止まらない秀吉に、家康は、そして四天王たちはどう対峙するのか。9月の「どうする家康」は、ますます緊張感高まる展開になることは間違いない。