【らんまん】田邊の死、万太郎の大学復帰...大事な展開を直接描かない「上品な演出」にうっとり

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「上品な演出」について。あなたはどのように観ましたか?

※本記事にはネタバレが含まれています。

【先週】非天才・田邊教授の悲哀。本物の天才・万太郎への羨望・嫉妬...その先に待つ「切ない運命」

【らんまん】田邊の死、万太郎の大学復帰...大事な展開を直接描かない「上品な演出」にうっとり pixta_12822936_M.jpg

長田育恵作・神木隆之介主演のNHK連続テレビ小説『らんまん』の第21週「ノジギク」が放送された。

大学を免官になった田邊(要潤)は、聡子(中田青渚)や子どもたちと穏やかな日々を過ごす。一方、万太郎(神木)は日本植物志図譜を着々と進めるが、版元は見つからず、家計はますます苦しい状態で、寿恵子(浜辺美波)は大事な八犬伝を質屋に入れることに。そこで寿恵子は、ある新聞記事に目が釘付けになる。そこには田邊が溺死したことが書かれていて......。

田邊の死を、まさか新聞で知ることになるとは。しかも、槙野家の深刻な困窮ぶりの描写から、質屋でお茶請けとして出してもらった煮干しが載っていたのが、その新聞だったという、日常の延長に「死」が描かれる残酷さ。藤丸(前原瑞樹)は事故という報道を疑い、大学に殺されたようなものだと嘆くが、それは視聴者の思いの代弁でもあったろう。

数カ月後、聡子が長屋を訪ねてくる。聡子は田邊の遺言として、田邊の蔵書を万太郎に託しに来た。ここで聡子は一切涙を見せず、田邊が家族と生きようとしていたと穏やかな表情で語る。

聡子は田邊の子をお腹に授かっていた。単なる気丈さとも違う、ここに至るまでにおそらく散々嘆き、悩み、葛藤したのであろう聡子の、「母」としての悟りにも似た凛々しく気高い笑顔は、涙の演出よりもずっと胸を打つものがある。

一方、寿恵子は500円という借金をなんとかするため、久しぶりに叔母・みえ(宮澤エマ)を訪ねる。高藤(伊礼彼方)との縁談を断り、万太郎という"泥船"を選んだ寿恵子を罵りつつも、なぜもっと早く来なかったのかと抱きしめるみえ。内心では寿恵子をずっと心配していたのだった。

寿恵子はみえに詫びつつも、万太郎は泥船ではない、大成する人だと強調し、日本中の植物を載せる図鑑を作るという二人の壮大な夢を語る。金を借りるために、その場しのぎの誤魔化しを言ったり、みえの機嫌を取ったりしないのが、寿恵子らしく潔く、美しい。

そんな寿恵子に、みえは100円を渡す。しかし、これは前払いの賃金だと言い、みえの料亭「巳佐登」で仲居として働くことを提案するのだ。確かに「愛嬌と度胸、気働き」のある寿恵子の性分が活かされそうな仕事だが、かと言ってド素人が突然仲居として活躍......なんてイージー展開にならないのが、『らんまん』の信頼できるところ。

得意客で岩崎弥之助(皆川猿時)がやって来たが、政界財界などに全く縁がない寿恵子は岩崎弥太郎の弟・弥之助を知らず、「土佐の言葉」に反応。弥之助はそんな寿恵子に驚き、愉快そうに笑うが、仲居頭・マサ(原扶貴子)は呆れるばかり。さらに陸軍大佐・恩田(近藤公園)や人気芸者・菊千代(華優希)も来て、宴が盛り上がる中、岩崎がキクを持ち寄り「菊くらべ」をしようと提案。一等に選ばれたキクは岩崎が500円で買い上げると言いだす。

結局、みえに金を借りに行った寿恵子が帰宅したのは、夜遅く。そのまま店に出たためだが、留守番の万太郎が子どもを寝かしつけ、疲れて帰宅した寿恵子の帯を解いてやり、お茶を出し、肩を揉む自然な流れに、槙野家の夫婦のあり方・家族のあり方が見えてくる。

しかし、何も知らない万太郎は、子どもにせがまれ、本を読んであげようとしたとき、寿恵子の大事な八犬伝がなくなっていることに気づき、質屋に入れたことを初めて知る。さらに借金の帳簿を見てショックを受ける。

それでも植物への愛と知識以外何も持たない万太郎にできることは、植物の研究と植物を愛好家たちに広めることくらい。寿恵子に背中を押され、植物採集に出かける万太郎に、寿恵子はキクを探して来て欲しいと言う。

菊くらべ当日。華やかなキクが並ぶ中、最後に寿恵子が差し出したのは、白く小さく素朴な「ノジギク」だった。寿恵子はその魅力を朗々と語り出す。

もともとキクは唐の国から薬として渡ってきたものだということ。一方、日本にも自生の原種があり、海沿いの明るい岩場や崖に生え、何の手も加えず生まれながらの形を保って咲いていること。どちらのキクにも優劣はなく、共に揃えば大陸と海、幾星霜にわたる日本の人々の創意工夫や花を愛する心が見える、そこまでして花を愛する心があれば人の世に争いは生まれない――これは万太郎からの受け売りだったが、ジャンル違いの"オタク夫婦"ゆえの見事なプレゼンだ。

結果、1等に選ばれたのは出来レースの菊千代だった。しかし、ノジギクに故郷・土佐と懐かしき夢を思い出したと言う岩崎は、300円でノジギクを買い取るとみえに伝える。

一方、万太郎は教授となった徳永に呼び戻され、植物学教室に正式に「助手」として迎えられることに。

300円を得る喜びを描かず、あくまで伝言でサラリと触れるのみにし、万太郎の大学への復帰で締めるさりげなさも、実に心憎い。安定の脚本の良さもさることながら、大事なことを直接描かない演出の上品さが際立つ週だった。

文/田幸和歌子
 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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