【らんまん】非天才・田邊教授の悲哀。本物の天才・万太郎への羨望・嫉妬...その先に待つ「切ない運命」

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「非天才側の悲哀」について。あなたはどのように観ましたか?

※本記事にはネタバレが含まれています。

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長田育恵作・神木隆之介主演のNHK連続テレビ小説『らんまん』の第20週「キレンゲショウマ」が放送された。

社会的に評価される成功者である「凡人」が、どこか欠落した「本物の天才」に出会い、羨望や嫉妬・挫折を知る物語――天才・万太郎(神木)と対になる存在・田邊教授(要潤)の関係性を見ながら、映画『アマデウス』のモーツアルトとサリエリや、漫画『ガラスの仮面』の北島マヤと姫川亜弓を連想したことのある人はいるだろう。

田邊を"悪者"ととらえる人の一方で、その悲哀に胸を痛め、報われて欲しいと思う人もいる。今週はそんな非天才側の田邊が主軸となる週だった。そして、もう一人の主役が田邊の妻・聡子(中田青渚)である。

虎鉄(寺田心)との出会いを機に、万太郎のもとには高知の小学校教師たちから植物について尋ねる手紙が届くようになり、植物愛好家たちとの交流が広がっていく。資金問題は、寿恵子(浜辺美波)の度胸と人たらし力で、借金とりを追い返すどころか、追加資金まで出させる頼もしさで解決。そんな中、アメリカから旧友の佑一郎(中村蒼)が帰国し、長屋を訪れる。

仕事を順調にこなし、教授になる佑一郎を万太郎は称えるが、佑一郎は草花に優劣をつけない万太郎をすごいと言い、「この先もずっと変わりなよ」と告げる。佑一郎は、アメリカで人種差別を目の当たりにしてきたと語る。蘭光先生(寺脇康文)との出会いで親友となったが、もともとは貧しい武士の子と豪商の子という身分の違い・貧富の違いで隔たれていた二人だからこそ、人種差別の悲しさ・愚かさが自分事として強く響くのだろう。佑一郎にとって万太郎の「変わらなさ」は次に進むための指針になっている気がする。

一方、田邊の後ろ盾だった初代文部大臣・森有礼(橋本さとし)が暗殺されたことを機に、田邊の運命が暗転。女学校が廃止され、失意の底にあったが、そんな田邊を支えたのは聡子だった。国に留学させてもらったかわりに、国の仕事をいろいろ請け負ってきた田邊にこれでようやく自分のことに打ち込めると言い、田邊が愛するシダになぞらえて言う。
「花も咲かない実も作らない、それでもシダは地上の植物たちの始祖にして永遠」「(植物学を学ぶ人が)今は続く人たちがいます。あなたが始めたんです」

そして子供たちに「お父様はとてもお強いお方です。それでもそういうお父様をお守りできるのは、お母様(自分)とあなた方だけなの」と手をとり、語りかけると、子供たちも「お父様をお守りします」と続く。

さらに、田邊家を囲む野次馬たちに対応しようとする女中を手で軽く制止し、門扉を開けて毅然とした笑顔で「皆さま、ごきげんよう。何か御用でございますか」と対応するのだ。

かつては女学生あがりで、家庭内でも女中に相手にされず、田邊に従うだけだった聡子が、寿恵子との交流などを経て、「従う・守られる女性」から「守る女性」へ成長・変化していく。女中との間にも信頼関係が生まれ、家庭内での立ち位置も変化していることがわかる美しい描写だ。

そんな聡子に背中を押された田邊は、そこから自分の研究に本腰を入れるように。久しぶりに学生たちと共に夏の植物採集旅行へ出かけた田邊は、そこで新種かもしれない花と出会う。おそらく初めて見る田邊の生き生きした姿に学生たちも触発され、天才・万太郎のいない植物学教室が初めて一つになっていく。

そこから田邊は、今後は欧米の学者に頼らず、日本人自らが植物に学名を与え発表すると宣言。日本にまだなかった学問・植物学を持ち込んだ実績に続き、西洋の植物学者たちと日本の学者が対等になった始祖もまた、田邊だったのだ。

しかし、同じ頃、虎鉄からある花の植物標本が届く。それは奇しくも、田邊が見つけたものと同じ花だった。そこから新種かどうかを見極めるための研究は、一人の天才VS.チーム総力戦であり、フリーランスVS.企業の戦いでもあった。

軍配が上がったのは、新種かどうかを見極めるために必須だった果実の標本を手に入れたチーム総力戦の田邊のほう。しかも、その花は新種のみならず、新属でもあった。晴れて「キレンゲショウマ」と名付けた田邊を、一歩及ばなかった万太郎も心から祝福するが、そんな田邊のもとに大学から「離職」を言い渡す手紙が。

妻の支えにより研究に没頭するようになった田邊は、憑き物が落ちたように柔らかな表情になり、目に輝きが生まれてきた。そして、ついに欲しかったものを手に入れた常世の春のような空気を一瞬にしてぶち壊す知らせ――万太郎と対になり、光と陰のような存在だった田邊の運命があまりに重く、あまりに切ない。

文/田幸和歌子
 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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