昨年後半から続く、牛肉を中心とした食肉価格の上昇。スーパーや小売店での販売価格の値上げが家計に影響を与えています。そこで今回は、資源・食糧問題研究所 代表の柴田明夫(しばた・あきお)さんに「食肉価格の高騰の原因と今後」についてお聞きしました。
昨年後半、大手牛丼チェーンが軒並み牛丼並盛を数十円値上げしたことが話題になりました。
他にもスーパーマーケットなどの小売店でも牛肉の販売価格が上昇し、「ミートショック」と呼ばれる状況になり家計を直撃しています。
世界の資源・食糧問題に詳しい柴田明夫さんは「牛肉だけではなく、豚肉や鶏肉の輸入価格も上がっています。今後、その上昇分が牛肉同様に小売価格に転嫁されていくとみられます」と指摘しています。
《食肉価格の推移》
小売価格の推移 2021年1 〜12月
※農林水産省「食品価格動向調査(食肉鶏卵)」より作成
輸入価格の推移 2021年1 〜11月※農林水産省「農林水産物輸出入情報」より作成
上のグラフを見てみましょう。
牛肉、豚肉、鶏肉のいずれの輸入価格も上昇傾向にありますが、小売価格を見ると牛肉以外はほぼ横ばいです。
「外食産業でも小売でも、輸入価格が上昇した場合は、しばらくは在庫を用いながら値上げを抑えるのが通例です。しかし今回は食肉だけではなく原油価格の上昇も同時に起こっていて、さらに円安の影響もあります。そうなるとある程度在庫が減り始めた時点で、我慢し切れず価格への転嫁に踏み出さざるを得ません」(柴田さん)
さらに柴田さんは続けます。
「今回の食肉輸入価格の上昇は世界的な傾向です。また食肉だけではなく、乳製品や野菜、大豆に砂糖など、あらゆる価格が上がっています」
2008年のリーマンショックを契機とする世界的な金融危機の際にも、同じように物価が上昇したそうです。
「しかし、そのとき背景にあったのは主に中国での需要拡大でした。今回は需要側だけではなく供給側における制約も絡まって価格が上昇しています。そのため、今回の食肉価格の高騰は長期化するのではないかとみています」と、柴田さんは分析しています。
今回の食肉価格高騰の原因については、「グローバル化が進んだことで生まれていた歪みやリスクが新型コロナをきっかけに噴出したと考えるのが妥当で、原因を一つに絞ることはできません」と、柴田さん。
食肉価格高騰が起こった主な要因
供給が、需要の急拡大に追いつかない
「新型コロナが食肉価格高騰の主な原因というわけではなく、コロナがこの約30年間で進行したグローバル化の脆弱性や問題を浮き彫りにしたとみるのが正しいでしょう」と柴田さん。「ワクチンが普及し、経済が再活動を始めたときに食肉の需要も急拡大したのですが、そこに供給が追いつかないという問題が起こったのです」と続けます。
限られてきている食料輸出国
柴田さんは「食料を大量に輸出できる国は限られています。そのため、食料輸出国に何か問題が起きれば、国際価格に反映されやすい状況になっています」と指摘。今回、新型コロナの影響によりアメリカやブラジルなどの食肉輸出国で人の動きが制限されて労働者不足などの問題が起き、それが食肉価格高騰の一因となりました。
脱炭素の動きが食肉価格にも影響
地球温暖化対策のために、世界各国が取り組んでいる二酸化炭素の排出を抑える「脱炭素」の動きも、食肉価格に影響しているといいます。「石油や石炭などの化石燃料関連の企業への投資から撤退する流れが世界的に起きていますが、これが原油価格や食料輸送用燃料の価格、そして食肉価格にも連動しているのです」と、柴田さん。
上のようにさまざまな要因が複雑に絡み合い、原因を絞ることは難しいようですが、その中で見えてきたこともあります。
それは、世界は「食料争奪戦」とでも言うべき段階に入っていることです。
「これまで日本は牛肉、豚肉、そして鶏肉に関しては世界最大の輸入国でした。しかし、いまは中国をはじめとする新興国の食肉輸入量が大幅に増えているのに対し、日本は人口減少の影響もあり減っている。その結果、牛肉も豚肉も輸入量を中国に抜かれ、唯一首位のままだった鶏肉の輸入量さえも、中国に追い抜かれようとしています」(柴田さん)
すると、どうなるのでしょうか。
「すき焼きに使用するバラ肉など、日本で好まれる部位を安い価格で輸入する、ということができなくなり、外国に買い負けて国内の小売価格が上がる、ということが起こるでしょう」(柴田さん)
さらに「いま、日本は米が余っている状態なので、現実的に"食料難"を感じる機会は少ないです。しかし気候や減産の影響で、1993年の冷夏による"平成の米騒動"のように米不足に転じれば、一気に食料不足によるパニックが起きる危険性もはらんでいるのです」と指摘します。
懐に余裕がある場合は、若干高くても国産品を買い支えていく。
これからは、私たちにもそのような姿勢が求められるのかもしれません。
※この記事は2月7日時点の情報を基にしています。
取材・文/仁井慎治 イラスト/やまだやすこ