大きく揺らぐ「国産食品の安全神話」。食品の安全基準の厳格化に日本が取り残されている理由は?

国産の食品は安心、安全という常識がいま揺らいでいます。その背景には、国民の意識はもちろんですが、アメリカとの複雑な経済的な関係も見え隠れします。今回は、東京大学大学院 農学生命科学研究科 教授の鈴木宣弘(すずき・のぶひろ)先生に「日本の食品の安全基準の後れと懸念点」についてお聞きしました。

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食品を購入する際、国産なのかどうかを気にしたことは誰にでも一度や二度はありますよね。

「国産の食品は安心、安全」と、多くの人が考えているからではないでしょうか。

日本ではこの「国産食品の安全神話」が長らく信じられてきましたが、実はいまその神話が大きく揺らいでいます。

農業政策について詳しい鈴木宣弘先生は「EU(欧州連合)が先頭に立って進めている食品の安全基準の厳格化に対し、日本の基準は後れを取っています」と指摘。

さらに「農薬の使用量などをEUの基準に合わせなければ農作物を買ってもらえないため、タイなどの発展途上国も国内の安全基準自体をEUに揃える流れになってきています。しかし日本はそうはなっていないのです」と、続けます。

国内での農薬の使用基準などがEUなどの国際基準より緩いものであるなら、その基準を守って生産される国産の農作物も当然、国際基準を満たせなくなってしまうのです。

では日本もEU並みの安全基準を採用すれば解決するのかと言うと、そう簡単にはいきません。

アメリカとの経済的な関係があるからです。

「日本政府は、自動車の輸出時にアメリカに高い関税をかけられることを恐れています。自動車産業を守るために、輸入農作物の安全基準が取引材料として使われているように感じています」(鈴木先生)


「遺伝子組み換え」表示基準と懸念点

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一例として挙げられるのが2023年4月から始まる、食品に「遺伝子組み換えでない」と表示するための基準の厳格化です。

政府は厳格化と表現していますが、実質的には上の表のように、食品に「遺伝子組み換えでない」と表示し、消費者に伝えることができなくなる恐れがあります。

「アメリカは遺伝子組み換え食品は安全だと主張し、『遺伝子組み換えでない』という表示は消費者を惑わすとして認めない方針です。日本政府は『厳格化』を名目にして、それに追従してしまったのです。今後『遺伝子組み換え』の食品を使っていなくても事実上表示できなくなるので、消費者にとっては選ぶための基準が減り、不利益にしかなりません」(鈴木先生)

さらに鈴木先生は「遺伝子組み換え食品を食べて安全かどうか分かるのは、もっと先です。あと20年後、あるいは次の世代で、健康に何らかの影響が出るかもしれないのです」と話します。

日本の食料自給率は37%(カロリーベース)と、多くを輸入に頼らざるを得ない状況です。

中でも主要な食品の大部分は下のグラフのように、アメリカに大きく依存しています。

簡単には脱却できません。

「EUで厳格な安全基準が採用されるきっかけになったのは、消費者の反対運動でした。消費者が声を上げていくことが大切です」(鈴木先生)

では声を上げて、何を変えていけばいいのでしょうか。

「まず国内の食品の安全基準を見直し、その新しい基準で作られた国産の農作物を適正な価格で取引できるように、政府は農家を保護すべきです」と、鈴木先生。

日本の農業は過保護だと思われがちですが、実はEUの方が農家への補助金が手厚いそう。

「農業は国の基盤。自動車産業も大切ですが、基盤を失った国家は存続できません」(鈴木先生)。

農業政策をもう一度見直す時期なのかもしれません。


主な輸入食品の国・地域別割合

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※農林水産省「農林水産物輸出入概況 2020年」より作成。数値は2020年のデータ、割合は金額ベース


取材・文/仁井慎治

 

<教えてくれた人>

東京大学大学院 農学生命科学研究科 教授
鈴木宣弘(すずき・のぶひろ)先生
1958年生まれ、三重県出身。82年、東京大学農学部卒業。農林水産省、九州大学大学院教授を経て、2006年より現職。専門は農業経済学。近著に『農業消滅 農政の失敗がまねく国家存亡の危機』(平凡社新書)。

この記事は『毎日が発見』2021年11月号に掲載の情報です。

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