多くの人にとって人生で一番大きな買い物である「家」。老後の過ごしやすさなど、いろいろ考えて建てたのに、しばらく暮らすと不便な部分がチラホラ...。その理由の一つは「間取りのプランニング不足にある」と現役工務店社長・窪寺伸浩さんは言います。今回は、『いい住まいは「間取り」と「素材」で決まる』(あさ出版)から、「家と人生の関係、理想の間取り」について連載形式でお届けします。
【高齢者の部屋】西が理想的
現在、政府や行政機関が「高齢者」として特別な扱いをするのは、70歳以上のようです。しかし、この「高齢者」として国が遇している方々の中にも、「100歳まで生きる」ことが目的ではなく、「100歳まで社会のために働く」という意気込みで、サークルなどを作って、元気に活動されている方々も多いと聞きます。
つまり、ここでいう「高齢者の部屋」とは、社会人として現役より離れ、余生を楽しもうとされる方の部屋であり、家族の中で最も高齢な方の部屋を指しています。
高齢者とは長い人生を通して社会に貢献し、今日の繁栄の基礎をつくられた方々......。当然ながら、どのお宅でも家庭の功労者です。その労に感謝し、報いることは、若い者たちの義務なのです。また、いつの日か、自らも高齢者となることは明らかで、高齢者を労ることは自分自身の幸福を求めることと同じです。
高齢者の部屋の計画に当たっては、こうした感謝と労りの心が前提となっていなければなりません。
高齢者には自然の恵みが多過ぎても毒になります。強い日差し、肌に冷たく感じる風、どちらも刺激が多く、健康には良くありません。屋外に出て適切な運動をしたり、日向ぼっこに時を過ごし、そして、むしろ、室内は温度の変化が少ない、静かな場所であることが望ましいのです。
高齢者を尊敬し、立派な部屋を与える人には、誰しも頭が下がります。世間では、とかく、子どものためには自分を犠牲にしてまで尽くす人は多いようですが、高齢者のために犠牲を惜しまぬ人は、残念ながら少なくなりました。高齢者は家族の大先輩であり、功労者であり、家系の支配者でもあります。家族それぞれの考え方や行動を常に客観的に見ている、良い指導者でもあります。
高齢者の部屋の場所はそれにふさわしい位置にすべきでしょう。東の方位は朝の太陽のように活力旺盛で生産の場としてふさわしいのですが、それでは老人の精神や体力が長く続きません。
それに対して、西の方位は「落日の哀愁」がありますが、「動かざる威圧」を感じさせる静の場で、昔から「司」の場として家族の尊敬を集めた位置でもあります。「高齢者の部屋は西」、これが理想です。
高齢者を労るあまり、家族から離してしまうのは、決してほんとうの思いやりではありません。人間は死ぬまで社会の一員であり、家族の一員でもあります。いつも社会にかかわり、家族とともに在りたいと思うのが当然です。
ある例をご紹介しましょう。仮に「Aさん」と呼ぶことにします。Aさんは決して豊かではない家に生まれました。父親に早く死なれ、Aさんの家はそれこそ明日の米にも困る状態だったといいます。母親が40歳の時生まれたAさんは、以後母親の手一つで育てられることになります。
Aさんがどうにか自分の力で家族を養えるようになった時、母親はすでに65歳、Aさんは並々ならぬ苦労をかけたお母さんに、一日も早く少しでも楽をさせたいと考え、仕事から遠ざけ、気楽に毎日が過ごせるよう、心を配ったのでした。当時Aさんは、自分のそうした行動に誇りさえ持っていたそうです。
ところが、日がたつにつれ、母親の体力が急速に衰えていったのです。その理由にAさんは気がつかなかったのです。とうとう、寝たり起きたりのいわゆる半病人となり、72歳でこの世を去ることになります。
Aさんは今、しみじみと述懐するのです。「あれはほんとうの思いやりではなかった。無理に母から仕事を取り上げ、母の気力と体力をはぎとってしまったのは私だった。今さら、母に謝っても、もう取り返しがつかないが、せめて私と同じような過ちを犯そうとする人には心から忠告したい」と。
Aさんの話は悲痛な響きさえこもっていました。高齢者の意志を尊重して好きなようにさせること、これがほんとうの親孝行なのです。「お年寄りの部屋の計画」に当たっては、この教訓を前提として、高齢者にふさわしい環境を与えてあげるよう、充分配慮していただきたいのです。
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