「前へ。」明大ラグビー部元監督・北島忠治、勝ち負けよりも大切なこと

暮らしやお金、友人関係に悩んだとき、誰かの「言葉」に支えられたことはありませんか?中でも特に多くの人を救った言葉を、人は「名言」と呼びます。「世界一受けたい授業」(日本テレビ系列)などに出演する教育学者・齋藤孝さんは、著書『100年後まで残したい 日本人のすごい名言』(アスコム)で、「名言は声に出して覚え、暮らしの中で使えば一生の宝物になる」と言います。今回は同書から選出した、人生の糧となる6つの言葉を連載形式でお届けします。

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前へ。


北島忠治
明治大学ラグビー部の元監督。1901生-1996没。1929年明治大学法学部卒業と同時にラグビー部の初代監督に就任。以後亡くなるまで67年間監督の座にあった。1936年、1956年にはラグビー日本代表の監督も務める。


「前へ」は、長きにわたって明治大学ラグビー部の監督を務めた北島忠治が唱えたスローガンです。このうえなくシンプルで力強い言葉ですね。監督として、この一言に懸けた勇気に拍手したい。北島監督は28歳のときに明治大学ラグビー部の監督になり、95歳で亡くなるまで現役の監督でい続けました。監督経験最高齢記録保持者としてギネスブックにも掲載されたレジェンドです。

67年もの監督生活の中で、選手たちに言い続けたことはただ一つ、「前へ」だったのです。細かい戦略を言うのではなく、スパルタでしごくのでもなく、「前へ」の精神で、弱小だったラグビー部を早稲田大学と並ぶ大学日本一にまで押し上げました。

「前へ」という言葉は、明治大学ではラグビー部だけでなく全体に浸透しており、普通の学生もよく口にします。男子トイレにすら、「もう一歩、前へ」と貼ってあります。私は初めてそれを見たとき「さすが明治大学!」と感心しました。人生においてもラグビーにおいても、トイレでも「前へ」が大事。そのくらい、懐の深い言葉です。

「前へ」というスローガンは、勝ち負けよりも前へ進むことを重んじる精神を示しています。もちろん試合において勝つことは重要です。しかしそれ以上に、困難な状況でも逃げずに前へ進んで乗り越えていく生き方を学んでほしいという、北島監督の考えがありました。

これが明快なラグビースタイルとなり、たとえ「横にパスを回せばトライ(得点)できる」と思うようなシーンでも、絶対に前へ押すのです。実際、それで負けることもあります。私は明治大学に勤め始めたばかりの頃は、「回せばいいのにな」と思うこともありました。でも、もうこれは精神として根付いているのです。

伝統として受け継がれ、30年前の卒業生も、現在のラグビー部も「前へ」という価値観を共有している。これは素晴らしいことです。大学に入学し、ラグビー部に入る個人個人はそれぞれバラバラであるはずですが、共有する文化を通じて強い精神を得られるのです。

これが卒業後の仕事や人生にも生きます。たとえば、明治大学卒業生には営業職でいい成績を上げる人が多くいます。営業して断られても、とりあえず前へ進むのです。くじけません。そういう明治大学卒業生のカラーができていると思います。

TBSの人気アナウンサー安住紳一郎さんは明治大学出身で、私の教え子でもあります。

あるとき安住アナが私に「先生、もう傷だらけです」と話してくれました。というのも、知的で器用さもある実力者たちに交じり、テレビ番組で気の利いた面白いことを言おうとすること自体勇気がいります。そのうえ、ウケなかったりして傷つくことも多い。それでも「前へ」の精神で、傷だらけになりながらやってきましたと言うのです。しかし、そのおかげで面白く、非常に人気の高いアナウンサーになれたわけです。

半歩でも前へ進めば景色が変わる

壁にぶつかったり、困難なことに出合ったりしたとき、もちろん横へよける手もあります。しかし、迷ったらとにかく「前へ」の精神で踏み込んでいく。信じて進む。すると道は拓(ひら)けます。

明治大学ならずとも「前へ」は背中を押してくれる名言です。言葉の抽象度が高いから、人生のあらゆるシーンで力を持つのがすごいところです。会議で発言するとき、就職活動、恋愛。失敗して傷つくのが怖く、なかなか踏み出せないことはあるかもしれません。ただでさえ、先が見えない時代です。迷わず進み続けることのほうが難しいでしょう。

こういう時代に、あれこれと迷っているよりは一歩「前へ」。半歩でもいいから、とにかく踏み出すことが大切です。勇気を持って踏み出してみれば、景色が変わります。
考えている間は状況は変わりませんが、行動することで何かが変わるのです。
すると、次に考えるべきこと、やるべきことも見えてきます。

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「前へ。」明大ラグビー部元監督・北島忠治、勝ち負けよりも大切なこと 036-shoei.jpg「心が折れそうなとき」「背中を押してほしいとき」など5つのシーンで思い出したい30の名言がつづられています

 

齋藤 孝(さいとう・たかし)

1960年、静岡県生まれ。明治大学文学部教授。東京大学法学部卒後、東京大学大学院教育学研究科博士課程等を経て現職。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。代表作『声に出して読みたい日本語』(草思社)はシリーズ260万部のベストセラーに。文化人としてテレビをはじめとする数多くのメディアに出演する。

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『100年後まで残したい 日本人のすごい名言』

(齋藤孝/アスコム)

LINEやTwitterなど、SNSに書いたり書かれたりする「言葉」に振り回されていませんか?そんな時代に疲れた心を支えてくれる「日本人の名言」があります。およそ1400年前に語られたという聖徳太子の言葉から、2大会連続五輪メダリスト・有森裕子のあの言葉まで、年齢や性別を問わず、言葉に疲れたときに読みたい言葉の本です。

※この記事は『100年後まで残したい 日本人のすごい名言』(齋藤孝/アスコム)からの抜粋です。

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