知人の名前がどうしても出てこず「老化かな・・・」とへこむこと、ありますよね。そこで鍛えたいのが「思い出す力」。情報をただ「インプット」するのではなく、何度も思い出して「役立てる」ことで、情報が「知恵」に変わり、人生を充実させることができるんです。そんな話題の新刊『ど忘れをチャンスに変える思い出す力:記憶脳からアウトプット脳へ!』(茂木健一郎/河出書房新社)より、思い出す力を高めるための効果的な方法や、誰もがすぐにできるアクションを連載形式でお届けします。
こうして記憶は上書きされる
記憶は「覚える」だけのものではなくて、よく「保存」し、よく「思い出す」ことが重要です。
実は海馬は、「覚える」と「思い出す」にかかわっています。「保存する」は大脳皮質(特に側頭連合野)が担当しています。海馬は、進化的に新しい組織である大脳皮質に記憶を定着させ、その大脳皮質から記憶を取り出します。大脳皮質を図書館にたとえると、海馬は図書館に新しい本を加え、古い本を取り出してくるということになります。
今思い出せる限りで、あなたの一番古い記憶は何ですか?
思い出そうとしている今、あなたの海馬が使われています。
引き出された記憶が、たとえば「小さなときに、ショッピングモールで迷子になった」だったとしましょう。今、あなたの中に、そのショッピングモールの商品棚の様子や、自分を発見してくれたときの母親の表情が、鮮やかに蘇っているとします。大人になっているあなたは、「お母さん、必死になってくれていたなあ」「あのショッピングモール、もうなくなってしまったなあ」などと、新たに思い、感じることがあるでしょう。
そういう現在の状況、思考、感情を取り込んで、その記憶はまた海馬を使って、再定着されます。つまり、記憶は思い出すたびに、現在の干渉を受け、変更されるのです。これが、記憶の編集です。
コンピューターでファイルを保存したら、それはずっと同じ場所にあり、何度開いても、前に開いたままの状態で取り出すことができますが、人間の記憶は、取り出すたびに少しずつ場所も内容も変わります。
思い出すたびに、修正に修正が加わって、「事実」から遠ざかり、生きるために本当に必要なことに変わっていきます。その編集の過程で、ときには、実際にはなかったディテールまで、頭の中で作り込むことがあります。
誰でも「偽の記憶」を持っています。海馬という編集のメカニズムがあるために、われわれはありもしなかったことまで、鮮やかに思い出すことがあるのです。
このような海馬の役割が明らかになったのは、アメリカ生まれで、重大な記憶障害を抱えることになったH Mさんのおかげです。
H Mは子どもの頃に頭を強く打って、頭蓋骨にひびが入り、内側側頭葉(ないそくそくとうよう、海馬を含む)を発生源とするてんかんが起こるようになってしまいました。年齢が上がれば上がるほど、てんかんはひどくなり、高校生になったときには、頻繁に意識を失うようになって、日常生活に重大な影響が出て、ついには退学までしなくてはならなくなりました。
「こんなに生活に支障があっては困る」と、まだ海馬の役割がわかっていなかった1953年、てんかんの治療のためにH Mは内側側頭葉を手術で切除してしまいました。
これによっててんかんはよくなったのですが、記憶に重大な問題が出てしまいました。H Mは海馬を失い、新しい記憶を形成することができなくなり、かつ、手術前 1、2年分の記憶をなくしていました。子どもだった頃などの、かなり古い記憶は無事でした。
これが示唆するのは、(1)海馬は記憶の保存先ではなく、記憶を新たに作るときに使われる組織である、だから切除されると新しい記憶が形成できない。(2)直近の過去の記憶は、生活の中で「こんなことがあった」「どういうことだったのだろう」とまだよく思い出されていて、海馬を使う編集の途中である、だから海馬を取り去るとともに影響を受けてしまう。しかし(3)大昔の記憶は、ほとんど編集作業は終了していて、体験のエッセンスが凝縮された記憶になっている。つまり、大脳皮質に移行が完了されているから無事なのだ、ということです。
思い出すことで、記憶は何度でも練り直され、育てられるのです。そうやって作り変えられたものが「知恵」です。インプットされた情報が、思い出すというプロセスによって、エッセンスが凝縮され、生きるために役立つ実になります。
これが、単なる「情報」と「知恵」の差です。
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情報過多の現代に「思い出す力」を強化することで、クリエイティブになれる「新しい脳の使い方」を教えてくれる一冊。全6章の構成で、各章にはポイントやレッスンの「まとめ」がついた保存版です!