「食後にお皿をまとめる」「落し物を自分の物にしない」「見えないところで努力する」――。日本で長らく育ってきた方であればきっと普通のことだと感じるでしょう。でも、外国人からしてみると、実は想像できないほど不思議な行動だそうです。「幸せに生きるコツは日本で見つけた」という、来日30年を超えるアメリカ人女性が気付いたのは、この行動や考え方は世界に誇れるということ。外国人から見た、「日本人の本当のすごさ」についてお届けします。
他人の「二面性」を受け入れられる包容力
リクルートに在籍しているときに、印象的だったことがあります。日本人どうしのかかわり方を観察していて、日本人は、そのとき、その場の行動が、決して本人の本質的な全体評価にはならないことに気がついたのです。
リクルート時代は飲み会がたくさんありました。お酒の席で、部下に対して大声を上げて真剣に怒る上司もいました。「お酒が入っていなければ、おそらくそこまで言わないのだろうな」と思うようなことまで言うので、人間関係が壊れるのではないかと心配になったほどです。
しかし興味深かったのは、翌日の、その場にいた社員たちの反応でした。大声を出していた上司の悪口を、決して言わないのです。逆に、「部長にも、いろいろストレスがたまっているのかも」などと、気遣うような発言しかしないのです。
人間には、普段の「自分」と、ときどき現れる「別の自分」の、2人の自分が共存しています。アメリカ人も、スーパースターやアーティストの二面性は普通に受け入れます(有名歌手のビヨンセも、普段の自分とステージ上の自分があまりにも異なるため、ステージ上の自分に別名の「Sasha Fierce(サーシャ・フィアース)」とつけているそうです)。
ところが、アメリカ人は、仕事の同僚と飲みにいって、いままでとまったく違う人柄が出てくるのを見ると、「へえ、いままでずっと隠してきたのだな」と、いくらか否定的な反応をするのです。
けれど日本人は、決してそんな反応は見せません。それはアメリカ人に比べると、とても不思議な姿勢です。おそらく日本は、普段から「個」よりも「みんな」と調和をとり、社会に適応している人がたくさんいるからでしょう。私も、日本で長く生活しているうちに、日本人1人ひとりがもつ「二面性」を、自然に受け入れることができるようになりました。
日本人にとっては、「みんな」と協調しているときの「自分」と、個人になったときの「自分」が違うのは、ある意味で当たり前のことなのです。ですから、普段だと抑えぎみな発言が多く、遠慮しているように見える人が、ほんとうは活発でよく話す「裏の自分」をもっていてもだれも驚きません。
このことを理由に、日本人を保守的で変化への対応力が弱い国民だと考える人もいますが、私はそうは思いません。むしろ、ほかの国の人々が気づいていない、日本人の応用力や柔軟性の表れなのだという気がします。
今日のその人を、今日の状態で受け入れること。翌日のその人を、翌日のその人の人柄のままで再度受け入れること。これはすばらしいことだし、合理的なことです。
世界のあちこちで活躍している日本人のみなさんが、さまざまなタイプの人と関わるなかでは、たいへん有効な「特技」と言えるでしょう。
その他の「日本人がいつまでも誇りにしたい39のこと」記事リストはこちら!
39の「日本人の特長」がつづられた本書は、読むだけで何だかうれしくなります