【虎に翼】花岡(岩田剛典)の死を胸に刻み...大きな後悔を抱える寅子(伊藤沙莉)の「贖罪」と「焦り」

【前回】「スンッ」の本当の意味は...自分を取り戻した寅子(伊藤沙莉)と「正しさ」のために死んだ花岡(岩田剛典)

毎日の生活にドキドキやわくわく、そしてホロリなど様々な感情を届けてくれるNHK連続テレビ小説(通称朝ドラ)。毎日が発見ネットではエンタメライターの田幸和歌子さんに、楽しみ方や豆知識を語っていただく連載をお届けしています。今週は「ヒロインが抱える贖罪と焦り」について。あなたはどのように観ましたか?

※本記事にはネタバレが含まれています。

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吉田恵里香脚本×伊藤沙莉主演のNHK連続テレビ小説『虎に翼』の第11週「女子と小人は養い難し?」が放送された。

今週は懐かしい人たちが次々に再登場。しかし、本作では、再会を喜び合ったり感傷に浸ったりはさせてくれない。

人としての正しさと法としての正しさの乖離に苦悩し、闇市の食べ物を口にせず、栄養失調で亡くなった花岡(岩田剛典)。その一件は法曹界だけでなく、世間にも衝撃を与えていた。戦地から戻った轟(戸塚純貴)は絶望。再会したよね(土居志央梨)に苦しみを打ち明ける。

轟の花岡への思いに気づいていたよねは、その思いに寄り添い、2人で弁護士事務所を作り、共闘することに。あの気丈なよねが、自分はまだ何者でもないからと、轟の力を頼る。生きる希望を失った人を立ち直らせるのは、ときに「守る」ことや「支えること」よりも「誰かに頼られること」「自分が役立つと思えること」ということがある。轟の優しさと正義感を熟知した、よねらしい優しさだ。

一方、GHQからの通達で、家庭裁判所の設立が進められ、寅子(伊藤)はその準備室に異動。風変わりな上司・多岐川幸四郎(滝藤賢一)のもと、少年審判所と家事審判所を合併させ、家庭裁判所を発足しようと動くが、話し合いは進展しない。

話し合いを進めるために寅子は、多岐川と少年審判所の壇(ドンペイ)、家事審判所の浦野(野添義弘)との飲み会に参加するが、汐見(平埜生成)が酔いつぶれてしまい、多岐川と共に汐見を自宅に送り届けることに。そこで寅子は意外な人物と再会する。妻・香子として出迎えたのは、朝鮮に帰った学友・崔香淑(ハ・ヨンス)だった。

多岐川から追い出され、納得いかないままに帰宅した寅子は、はる(石田ゆり子)に「生きていればいろいろある」と諭される。翌日、汐見が語ったのは、香淑の兄が治安維持法違反の容疑で逮捕され、無罪になったこと。その事件の予審が多岐川で、香淑は多岐川の依頼により、朝鮮で法律を学ぶ学生たちの手伝いする中、汐見と親しくなり、2人は両親の反対を押し切って結婚したのだという。

日本に戻っていたことも知らされていなかったうえ、「崔香淑のことは忘れて、私のことは誰にも話さないで」という伝言が、寅子の寂しさを増幅する。しかし、自分にできることはないかと問う寅子に、多岐川は、長くこの国に染み付いた偏見を正す力があるのかと逆に問い質す。

現代まで地続きの問題が多く描かれる本作において、今週は数々の問いを突き付ける展開となっていた。轟のくだりで脚本家・吉田氏は自身のX(旧Twitter)で「エンタメが『透明化してきた人々』」について言及していたが、花岡への轟の思いも、香淑が名前を「香子」と変え、朝鮮の出自を隠して生きていかざるを得ないことも、設定やギミックなんかじゃない。実際に存在するのに「透明化された」人々やその思いである。

そして、汐見が香淑の両親に認めてもらえないことを当然として受け止める言葉「彼女のお兄さんに酷いことをした国の人間なんだから」は、沖縄問題、入管問題などをはじめとした、現代を生きる私達自身も背負い続ける問題だ。

話し合いが難航する中、桂場(松山ケンイチ)は「正論は見栄や詭弁が混じっていてはだめだ。純度が高ければ高いほど威力を発揮する」と言った。その「純度の高い正論」の答えを持っていたのは、意外にも「東京少年少女保護連盟」のメンバーとして活動する弟・直明(三山凌輝)である。

連盟の仲間たちが姉に感謝しているとキラキラの目で言う直明を話し合いの場に連れて行った寅子。「お二方の所属する組織が団結すれば、より多くの子どもたちを救うことができます」という直明の混じりけのない純粋な正論は大人たちの心を打ち、手を取り合い、準備が急ピッチで進められることになったのだ。

東京家庭裁判所の事務所には、花岡の妻・奈津子の絵が飾られる。それは多岐川が桂場に買ってもらっておいた絵で、半分にしたチョコレートを分かち合う大人と子どもの手が描かれていた。寅子が花岡の子どもたちにと手渡し、「チョコレートのおかげで久しぶりに家族が笑顔になれたんです」と奈津子が語ったものだ。多岐川は言う。

「人間、生きてこそだ。国や法、人間が定めたものはあっという間にひっくり返る。ひっくり返るもんのために、死んじゃならんのだ。法律っちゅうもんはな、縛られて死ぬためにあるんじゃない。人が幸せになるためにあるんだよ、幸せになることを諦めた時点で矛盾が生じる。彼がどんなに立派だろうが、法をつかさどる我々は、彼の死を非難して、怒り続けなければならん。その戒めにこの絵を飾るんだ」

一度法曹から逃げ出した寅子は、法曹に戻って懸命に働く今も、その負い目をおそらく引きずっている。だからこそ香淑に対して自分が何かできることはないかと食い下がり、花岡の妻・奈津子に花岡を止められなかったことを詫び、「家族が何を言ってもダメだったのに、もし周りの人が説得して聞いていたら、妬いちゃうわ」と言われる。

これは朝ドラ主人公らしい全能感・自己過信の傲慢さのように見え、その実、自分の無力さを知り、大きな後悔を抱き続けるゆえの贖罪であり、焦りの気がする。そうした贖罪や焦りを、実は多岐川も抱えていた。

多岐川は自身が判決を下した死刑囚の死刑執行を見に行き、以降、怖くなり、凶悪事件を受け持たなくなった。逃げた後ろめたさを抱える多岐川は、朝鮮から帰国、孤児たちを見かけて「俺が逃げずにいられるものを見つけたぞ」と言い、子どもたちの幸せのために働くことを決意したのだった。

後ろめたさを知った寅子と多岐川は、それを完全に解消することはできないのだろうし、もう「純度の高い正論」にはなれないのだろう。一方で、汚れを知らない当事者には無自覚な「純度の高い正論」に気づくこと、その力を生かすことはできる。

自身の後ろめたさも抱え、友人の死の悲しみと怒りを胸に刻み、チョコレートの絵を掲げる法曹のあり方「彼の死を非難して、怒り続けなければならん」を胆に銘じ、寅子たちの地獄の道はさらに続く。

文/田幸和歌子
 

田幸和歌子(たこう・わかこ)
1973年、長野県生まれ。出版社、広告制作会社を経て、フリーランスのライターに。ドラマコラムをweb媒体などで執筆するほか、週刊誌や月刊誌、夕刊紙などで医療、芸能、教育関係の取材や著名人インタビューなどを行う。Yahoo!のエンタメ公式コメンテーター。著書に『大切なことはみんな朝ドラが教えてくれた』(太田出版)など。

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