理不尽なカスハラにより精神疾患になることも。従業員の心を守る「メンタルヘルスケア」の重要性

企業によるメンタルヘルスケア

疲弊した従業員のハラスメントケアは、組織の資産を守り育てることにもなる。

従業員の目線から見たとき、カスハラは彼ら・彼女らが仕事を通して職場で体験する「従業員体験(Employee Experience)」の1つだ。「従業員体験」とは、従業員がその企業で働くうえで得られる体験のことを指す。職場での体験は、従業員の仕事に対する意欲に直結し、生産性や顧客満足度を大きく左右する。

カスハラ被害に遭い、問題を抱えた状態のまま働かねばならない場合、精神的なストレスによって仕事の生産性が下がれば、顧客満足度も下がってしまう。しかし、同じくカスハラ被害に遭った場合でも、職場のサポートを得られる状況だったらどうだろうか。

カスハラの加害と被害を認め、ケアしてくれて、今後のための対策も講じてくれる。そんな職場のサポートがあれば、被害に遭った従業員も安心できるし、職場に対する信頼も深まる。そうした人材は企業にとってなによりの資産になるはずだ。

「ワーク・エンゲージメント」という言葉を聞いたことのある読者もいるだろう。仕事にやりがいを感じ、仕事に熱心に取り組んでいる人は、イキイキとしている。仕事はもちろん、顧客もそうした従業員の接客や仕事ぶりに満足を得られる。従業員のメンタルヘルスケアは、従業員の意欲を向上させるだけでなく、顧客体験も向上できるのだ[島田、桐生 2022]

ここで注意が必要なのは、あくまでもメンタルヘルスケアの施策や対策は従業員目線で捉え、実施すべきだという点だ。

たとえば、売り場の従業員がカスハラ被害を受けたという報告に対して、企業側がお客様窓口を設置することで施策を講じたとする。これに被害を受けた従業員や同じ売り場で働く人たちは安堵(あんど)するだろうか? 「現場に対応できる人を寄越(よこ)してほしい」「クレームとカスハラの線引きを明確にして、すぐに対応を切り替えられるようにしてほしい」といった現場の要望に応えられていなければ、上滑りな対策を立てただけで、意味はないだろう。

ポジティブ・メンタルヘルス・アプローチ

働いている人にとって、仕事は単なる生産活動ではなく、自分自身が成長したり、経験や学びを得られたりするきっかけでもある。仕事の意義や責任感、あるいは職場の人間関係やチームワーク、そして自分が所属する組織そのもののあり方などに関して、人は働きがいを感じたりする。

カスハラ被害は大きなストレスになるが、それに対して企業・組織側がきっちりと従業員をサポートできる体制があれば、従業員のメンタルヘルスを守るだけでなく、ワーク・エンゲージメントすら向上させることができる。従業員個人にとっての成長や成功は、組織にとっての資産の増加とつながっているのだ。

 

桐生正幸

東洋大学社会学部長、社会心理学科教授。山形県生まれ。文教大学人間科学部人間科学科心理学専修。博士(学術) 。山形県警察の科学捜査研究所 (科捜研)で犯罪者プロファイリングに携わる。その後、関西国際大学教授、同大防犯・防災研究所長を経て、現職。日本犯罪心理学会常任理事。日本心理学会代議員。日本カスタマーハラスメント対応協会理事。著書に『悪いヤツらは何を考えているのか ゼロからわかる犯罪心理学入門』(SBビジュアル新書)など。

※本記事は桐生正幸著の書籍『カスハラの犯罪心理学』(集英社インターナショナル)から一部抜粋・編集しました。
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