定年後に母の介護をしながらパソコンを始め、2016年からはアプリの開発を開始。17年に米国アップルによる世界開発者会議「WWDC 2017」に特別招待され、現在、岸田首相主催のデジタル田園都市国家構想実現会議構成員としても活躍中の若宮正子さんにお話を聞きました。
この記事は月刊誌『毎日が発見』2023年8月号に掲載の情報です。
失った若さを嘆くより、
小さな喜びで潤いを。
老化は個性と楽しみましょう。
私は同年代の方に「あなたもパソコンを始めれば?」とおすすめしています。
すると「記憶力がなくなってきて、操作が覚えられないの」という反応を示す方が多いのですが、物忘れが激しくなってきた世代にとってパソコンは魔法の杖。
だってコンピューターの得意技は〝記憶〟なのですから。
確かに操作を覚えるのは簡単ではありませんが、高齢者向けのパソコン教室では丁寧に教えてくれます。
第一、頭の体操になりますし、使いこなせるようになれば、まだ自分の頭が動いていると大きな自信につながります。
年を取ると髪が抜け、歯が抜け、耳が遠くなり、目が見えづらくなり、友達がいなくなるといった具合に喪失体験の連続です。
が、やる気次第でパソコンを習得するという獲得体験だってできるのです。
デジタルの話に限らず、新しい情報を耳にしたときに、やってみようかしら、行ってみようかしらと思う方は、何歳であろうと若々しい感性の持ち主だといえるでしょう。
私は「若宮さんは好奇心旺盛で若々しいですね」と言われると、とってもうれしいです。
といって年齢より若く見られたいとは考えていません。
若々しいことと若作りすることは違います。
もちろん、若作りしたいと思う人がいてもいいのです。
そこに喜びを抱いて生きる力が湧いてくるのなら、どんどん研究して、とことん極めるというのもすてきな生き方だと思います。
ただ、私自身は若い頃から外見に無関心で、お化粧もしていませんでした。
白髪が増えてきたなと思ったら、染めずにさっさとショートカットにしてしまったし、シワが増えてきたなと思っても、年なのだからしょうがないと放っておくことにしました。
ズボラな性格もあるけれど、自然の摂理に従うのが性分に合っているのでしょう。
春夏秋冬のどの季節も素晴らしいではありませんか。
人生の春や夏もいいけれど、秋は秋で豊潤なのだし、冬は凜として清々しい。
過ぎ去った季節を懐かしく思うことはあっても、戻りたいとは思いません。
失敗ばかりの若い頃より、「あれは若気の至り」と開き直れるいまの方が気分が楽なのです。
とはいえ、失わないようにしたいなと思うこともあります。
例えば健脚。
ある日、街を歩いていたらどんどん人に追い抜かれ、自分の歩く速度が遅くなっていることに気付いたと話していた70代の人がいました。
その方は、そこからスポーツジムに通い、健脚を取り戻したということです。
私の場合は、聴力が老化しました。
少し前から補聴器を使っていますが、コンプレックスを抱いたことはありません。
人間は不完全で、老化するもの。
でも、それも個性です。
失ってしまったものを惜しむより、持っているものを生かして楽しめばいいと考えています。
それにしても何が私のエネルギーになっているのだろう?と考えたときに、脳裏に浮かぶのは、講演会の先々で喜んでくださる方々の笑顔です。
私の本を読んでくださった方から寄せられる「刺激になりました」といった感想にも至福の喜びを感じます。
講演や出版をすると収入がありますが、私にはぜいたくしたいという発想がなく、年金があれば十分。
そこで収入は、ご縁のある団体に寄付しており、それも生きがいになっています。
さて、あなたの生きがいはなんですか?
「生きていて良かった!」と感じる瞬間について考えてみてください。
毎日水やりをしていた花が咲いたときでしょうか?
大好物のおはぎを頰張ったときかもしれません。
日常の中の小さな喜びが心に潤いを与えてくれる。
同時に若々しい感性が湧き上がってくると私は思うのです。
イラスト/樋口たつ乃