88歳のITエヴァンジェリスト若宮正子さんが語る「他者の気持ちに寄りそうのが真のマナー」

定年後に母の介護をしながらパソコンを始め、2016年からはアプリの開発を開始。17年に米国アップルによる世界開発者会議「WWDC 2017」に特別招待され、現在、岸田首相主催のデジタル田園都市国家構想実現会議構成員としても活躍中の若宮正子さんに「マナー」についてうかがいました。

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いまでこそ日本はマナー大国として広く海外に知られていますが、昔はひどいものでしたよ。

歩きながら痰を吐いたり、たばこをポイ捨てしたりする大人をよく見かけました。

日本人がマナーを意識するようになったのは、1964(昭和39年)の東京オリンピックがきっかけだったのではないでしょうか。

マナーを守りましょうという一大キャンペーンが行われていたのを覚えています。

その結果、マナーを守るという文化が根づき、東日本大震災のときに、日本人は非常事態でもきちんと列に並んでいると賞賛されたり、昨年のサッカーのワールドカップではサポーターがゴミ拾いをしていたと驚きの目をもって報じられていましたね。

もちろん素晴らしいことです。

でも日本人は真面目な反面、同調圧力の強い国民性なのが玉に瑕(きず)だと思っています。

それゆえに規則やマナーを守っていない人は許せない、という風潮が蔓延しているような気がしてなりません。

例えば電車内で携帯電話を利用して会話することはマナー違反とされていますが、そんな国は日本だけです。

私だって、大きな声でどうでもいいような話をしている人がいたら批判的な気持ちになります。

でもヒソヒソ声で手短に終わる会話なら、問題ないのではないでしょうか?

重箱の隅をつつくように他者を監視する心の奥にあるのは、正義感ではなく意地悪だという気がします。

融通性にも欠けています。

例えば公衆のお手洗いの使い方について。

使用後は次の人のためにキレイにするのがマナーだとされていますが、私の場合、劇場の幕間に長蛇の列ができていたら、できるだけ素早く済ませることを最優先事項としています。

どうやら日本人は、本質的なことを考えて対応するのが苦手なように思います。

先日、公園の前を通りかかったら「公園のマナー」という看板が立っていました。

「花壇に入らない」「犬のフンを放置しない」というのは分かるのですが、「走り回らない」という項目にはビックリしてしまいました。

だったら子どもたちはどこで遊べばいいのでしょうか?

マナーを作る目的は、みんながハッピーに過ごすことです。

ある程度の"迷惑"は許容するのが社会。

一方的に行動を禁じるのではなく、もう少し大らかに捉えてもよいように感じます。

飲食店などで店員さんに怒鳴っている人もいますが、感情ではなく理性で物事を見つめることこそが人間としてのマナー。

たとえそれが正論であったとしても、自分の感情を制御できないことはマナー違反だと思います。

そもそも人は千差万別。

どんな気遣いを良しとするのかは、生きてきた環境、立場や年代によって異なります。

70代、50代、20代ではマナーの価値観は違うのです。

ですから社会という名の乗り合いバスの中では、それぞれのマナーの価値観をすり合わせようと努めることが大切。

どうしても譲れない、このマナーは下の世代の人たちに伝承しなければいけないということもあるでしょう。

その場合には、なぜそう思うのかをきちんと考え、説明する義務があると思います。

個人的には、自分の価値観が全てだと考える人が強いるマナーを必ずしも守る必要はないと考えています。

ただし自分なりの価値観を構築していなければ、単なるへそ曲がりだと揶揄されてしまいかねません。

その上で私が最も大切だと思うのが、マナーのTPO(時と場所と場合)をわきまえること。

他者の気持ちに寄り添い、自分はいま、どういう行動をとるべきなのかを考えることが、人間関係や社会の秩序を保つことにつながる真のマナーだと思うのです。

イラスト/樋口たつ乃

 

<教えてくれた人>

若宮正子(わかみや・まさこ)さん

1935年東京生まれ。東京教育大学附属高等学校を卒業後に、銀行へ勤務。定年後に母の介護をしながらパソコンを始める。2016年にアプリの開発を始め、17年に米国アップルによる世界開発者会議「WWDC 2017」に特別招待される。現在、岸田首相主催のデジタル田園都市国家構想実現会議構成員としても活躍中。

この記事は『毎日が発見』2023年6月号に掲載の情報です。

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