定年後に母の介護をしながらパソコンを始め、2016年からはアプリの開発を開始。17年に米国アップルによる世界開発者会議「WWDC 2017」に特別招待され、現在、岸田首相主催のデジタル田園都市国家構想実現会議構成員としても活躍中の若宮正子さんにお話を聞きました。
この記事は月刊誌『毎日が発見』2023年10月号に掲載の情報です。
どんな夢を思い描いたっていい。
さらに一歩だけ踏み出せば、
未来が変わるかもしれません。
昔の話もいいけれど、過去は過去。
私は未来の話をしたり聞いたりする方が好きです。
同世代の方とおしゃべりしていても「海外で暮らしてみたいわ」「ピアノの弾き語りができたら楽しいでしょうね」「喫茶店を開きたいの」と、さまざまな構想が飛び出して、聞いているこちらまで心が華やぎます。
ところが、結果的に残念だなと思うことが少なくありません。
「時すでに遅しね」などと、締めくくってしまう人が多いのです。
「息子に話したら、絶対無理だと笑われた」なんて言う人もいますが、それは息子さんの価値観であって、この世はやってみなければ分からないことだらけ。
絶対と言い切れることなど一つもありません。
「絶対うまくいくと思ったのにダメだった」なんてことはいくらでもありますし、人生は自分の思い通りにいかないものです。
代わりに、想定外に良いことが起きたりします。
例えば、私は81歳で携帯電話用のゲームアプリを開発したのを機に、"ITエヴァンジェリスト"として活動を始め、いまに至ります。
定年退職後に母の介護をして見送り、あとは粛々と暮らすものと思っていたのに......。
定年直前の58歳の時にインターネットの世界は面白そうだとひらめいて、好奇心に駆られて当時は高額だったパソコンを購入しました。
お金を無駄にしたくない一心で必死に組み立て、操作を覚えたのが全ての始まり。
いまにして思えば、あの時期に私は人生の転機を迎えていたのですね。
まさか戯れにやっていたパソコンが未来を拓いてくれるとは。
ゲームアプリの開発に挑戦しようと意気込んでいたわけでもありませんでした。
デジタルライフを楽しんでいるうちに、気付いたら社会に再デビューしていたのですから。
人生は本当に何が起きるか分からないのです。
この年齢になっても、やりたいことを先延ばしにしている人がいますが、そうした人は「才能がない」とか「いまからじゃ遅い」とか「老後のための貯金は使えない」とか、やらない理由を探しているような気がします。
なぜかといえば、真面目なのですね。
やり遂げなくちゃいけないとか、成功させなくちゃダメだとか思うから慎重になるのでしょう。
でもそれって、考え過ぎだと思うのです。
見切り発車でいいのです。
いきなり海外に住むのは無理でも、現地のことを調べてみるとか、喫茶店を開きたいなら食品衛生責任者の資格を取得するなど、準備を始めることならできるのではないでしょうか。
不真面目な私は、やっぱりやめたとUターンするのもアリだと考えています。
やりたいことと、自分に向いていることが、合致するとは限りませんから。
それでも人生に無駄はないのです。
やってみたけどダメだったという経験は、人生の終わりに「あの時、やっていたら」という後悔を消してくれます。
もちろんうまくいったら「あの時、やってみて良かった」と思うことでしょう。
こうして考えてみると、充実した人生を送るために必要なのは、ほんの少しの「行動力」であることが分かります。
勇気なんて要りません。
好奇心があれば十分。
面白がって一歩だけ踏み出せば、新たな出会いがあって、情報をもらったり、刺激を受けたり、応援してくれる人だって現れるかもしれません。
誰の未来も、まだ何も決まっていないのです。
先が短くなってきても明日はあるし、未来もあります。
どんな夢を思い描くのも自由だと思います。
経験を積み重ねてきたからこそ、かなえる手段も知っています。
さらに言えば私は「夢を見ているだけの時間」はもったいないと思うのです。
一歩だけ踏み出してみませんか?
構成/丸山あかね イラスト/樋口たつ乃