DVやハラスメント、性犯罪に娘のいじめ...「女性が巻き込まれやすいトラブル」は数多くあります。でも、そうした悩みを解決したくても、「誰かに相談したら逆に悪化するかも...」とどうしていいかわからない人も多いと言います。そこで、弁護士の上谷さくらさんと岸本学さんの著書『おとめ六法』(KADOKAWA)より、女性の味方になってくれる「法律」についてご紹介。ぜひ、ご自身やお子さんがトラブルの参考にしてください。
裁判には2種類ある
「警察が犯人を捕まえて裁判にかけてくれたら、慰謝料をもらうことができるの?」「犯人に慰謝料請求の裁判を起こして勝訴したら、犯人には『前科』がつきますか?」などといった疑問を持つ方がいます。
残念ながら、どちらも答えは「違います」ということになります。
日本の裁判は、大きく分けると、「民事裁判」と「刑事裁判」があります。
「民事裁判」とは主に、一般の人が、自分の権利を主張してトラブルの相手に義務を果たすように裁判所から命じてもらうための手続きです。
たとえば、お金を人に貸していて返してもらう権利を持っている人が、お金を返す義務のある人を相手に、裁判所へ訴えを提起して、裁判所にお金を返すよう命じる判決を出してもらう、というのが典型的な民事裁判です。
「刑事裁判」とは、犯罪者を処罰するための手続きです(憲法第31条)。
加害者が本当に犯罪をしたのかどうか、そして本当に罪を犯していた場合はどの程度の罰を与えるのか、ということを判断する裁判です。
民事裁判と刑事裁判では、目的や手続きが大きく異なります。
原則として、刑事裁判では被害者が犯人に慰謝料などの支払いを求めることはできず(例外があります)、民事裁判では犯人に刑罰を与えることができません。
民法の大原則
いろいろな法律の中でも、私たちの生活に最も関係があるのが「民法」です。
民法には、市民どうしの間の権利や義務の関係、家族や相続の関係などが定められています。
その内容は実に幅広く、全部で1000を超えます。
本書では民法が多く出てきますが、民法には前提となる「三大原則」があります。
「権利能力平等の原則」「所有権絶対の法則」そして「私的自治の原則」です。
これらの原則は、この社会で生きるうえでの「基本ルール」といえますが、中でも最も大切なのは、「私的自治の原則」とそれから派生する「過失責任の原則」です。
自由の代わりに自己責任〜私的自治の原則〜
一般の人はみんな、それぞれ自分の意思で自由に法律関係を決められるし、またその責任を負うべきで、国はその法律行為に干渉してはならないとする原則です。
具体的な中身として、以下のものなどがあります。
① 誰が誰とどんな内容の契約・取引をするかの自由(契約自由の原則)
② 会社や団体を作る自由(社団設立自由の原則)
③ 遺言を残す自由(遺言自由の原則)
ただし自由である半面、その結果、自分が損をすることがあっても自分の責任、ということです。
この「私的自治の原則」も、現代では100%そのままだと不都合が生じます。
たとえば「消費者契約」です。
知識のない一般の消費者がプロの事業者に言われるがまま、とても不利な内容の契約を結ばされることがあります。
これも「契約を結んだあなた(消費者)が悪い」と言われると酷な場合があります。
そのため、消費者と事業者が結んだ契約の一部は、消費者契約法により無効とされる場合があります。
このように「私的自治の原則」も、現代の状況の変化に応じて修正されています。
過失責任の原則
「私的自治の原則」によって「過失責任の原則」というものが成立します。
これは、自分の行動によって誰かに損害を与えてしまっても、それが自分の故意(わざと)か過失(うっかり)によるものでなければ、責任を問われることがない、という原則です。
どうしてこの原則があるのかというと、そうでもないといつなんどき責任を負わされるかわからず、怖くて自由な活動ができないからです。
たとえば道を歩いているだけで、近くで誰かがけがをすれば責任を負わされるかもしれない、というのは怖いですよね。
民事裁判と強制執行
あなたが誰かを相手に慰謝料請求の民事裁判を起こしたとします。
そして闘いの末、勝訴判決を得たとします。
相手も控訴をせず、判決が確定しました。
では、慰謝料はいつ入ってくるのでしょうか?
実は相手が自発的にお金を支払わないかぎり、裁判で勝訴しただけでは、お金を回収することはできません。
支払われない場合は、「強制執行」を行う必要があります。
強制執行とは、相手の財産を差し押さえてお金に換えて、債権を回収する手続きです。
強制執行は自分で申し立てる必要がありますが、そのためにはまず、相手の財産になにがあるかを特定する必要があります。
相手の財産とは、預金や不動産、車などです。
また勤務先などがわかれば、給与も差し押さえ対象の財産になります。
相手の財産の調査も、強制執行を行う側で行う必要があります。
相手の勤務先を把握することができれば、給与を差し押さえることが最も簡単な方法です。
しかし、相手の財産をまったく把握することができなければ、強制執行を行うことは困難になります。
このため、民事裁判を起こすかどうか考えるときは、「最終的にお金を回収することが可能かどうか」という点も含めて検討する必要があります。
回収できなければ、勝訴判決は「絵に描いた餅」でしかありません。
刑事裁判でも慰謝料を請求できる場合
犯人を処罰する刑事裁判では、犯人に慰謝料を請求できないのが原則ですが、実は例外があります。
「損害賠償命令の申立て」という制度です。
この制度は、被害者が申し立てを行えば、刑事裁判を行った同じ裁判所が、被告人に有罪判決を下した後に引き続き審理を行い、被告人に対して損害賠償を命じてくれる制度です。
この損害賠償命令の審理では、被告人を有罪にした同じ裁判官が、被告人を有罪にしたときと同じ証拠書類などを用いて判断をしてくれます。
また申立手数料が原則2千円と格安、審理回数も4回以内と通常の民事裁判に比べて早く決定をしてくれます。
ただし、被告人が無罪となった場合には、当然申し立ては却下となります。
また裁判所による損害賠償命令の決定に被告人が「異議」を出すと民事裁判をやり直すことになります。
この制度を利用できる犯罪は、殺人、傷害、強制性交等、強制わいせつなど一定の種類の犯罪です。
このほか、刑事裁判の最中に、被告人から裁判外で任意の被害弁済の申し出を受けて、和解する場合があります。
その和解の内容は、裁判所で「公判調書」に記載してもらうことができます。
そうすれば、被告人が和解の内容に従わずお金を払わないなどの場合に、強制執行ができるようになります(刑事和解)。
裁判では「真実が勝つ」とはかぎらない
刑事裁判には「疑わしきは罰せず」の原則があります。
そのため「検察官が犯罪を証明できないときには、被告人を有罪にすることができない」というルールになっています(刑事訴訟法第336条)。
ゆえに、たとえ真実は「被告人が犯罪を行った」のだとしても、法廷で検察官がそのことを証明できなければ、被告人は無罪になります。
被告人は、有罪の判決が出るまでは「無罪」と推定されます。
別な言い方をすれば、検察官は証拠によって、この「無罪の推定」を乗り越えなければ、被告人を有罪にはできません。
民事裁判でも、自分と相手で主張が食い違ったときには、自分の主張を証拠によって証明しなければ、どんなに「真実」であっても、裁判所には認めてもらえないのが普通です。
このように裁判では「真実」どおりの判断・判決が出されるとはかぎりません。
「常に真実が勝つ」わけではないのが裁判です。
金ピカの弁護士バッジは新人の証
ドラマに出てくる「いかにもやり手」の弁護士は、背広の襟に金ピカの弁護士バッジをつけています。
でも実は、金ピカバッジは新人さんの証。
弁護士バッジは、新品の時は金ピカですが、年数を経るとだんだんメッキが剥げて下地の銀色が出てきます。
つまり、ベテラン弁護士ほどバッジは金ピカではないのです。
弁護士にとってメッキの剥げた弁護士バッジは一種の「ステータス」。
経験年数を経ていない弁護士の中には、貯金箱の中にバッジを入れてカシャカシャ振ったりして「人工的に」傷つけ、メッキをはがそうとする人までいます。
弁護士バッジを紛失して再交付を受けると、金ピカのバッジから「再スタート」になり、ベテランなのに恥ずかしかったり......ということもあります。
【あなたを守る法律】
憲法 第31条
何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命、もしくは自由を奪われ、またはその他の刑罰を科せられない。
憲法 第32条
何人も、裁判所において裁判を受ける権利を奪われない。
ほかにも書籍では、恋愛・くらし・しごと・結婚など6つの章だてで、女性に起こりうる様々なトラブルに「どう法的に対処すべきか」が解説されていますので、興味がある方はチェックしてみてくださいね。
六法やDV防止法、ストーカー規制法...。女性の一生に寄り添う大切な法律が、6章にわたって解説されています。