長く一緒にいて愛されているつもりで、パートナーの感情に無頓着になっていた――。そんな経験はありませんか? 相手に甘え、無意識に口にしていた本音が、少しずつパートナーを蝕み、苦しめていたとしたら...。恋愛関係、夫婦関係は、お互いが満たし合うものでなければ、やがて不幸な結末を迎えてしまいます。
直木賞受賞作『肩ごしの恋人』をはじめ、恋愛に翻弄されるリアルな女性たちを描いてきた、作家・唯川恵氏。36歳から74歳までの12人の女性と対話し、まとめた1冊が『男と女 恋愛の落とし前』 (新潮新書)です。
『男と女 恋愛の落とし前』から、夫に離婚を要求されても「絶対に別れない」と言う、45歳女性のエピソードを抜粋して紹介します。
※本記事は唯川恵著の書籍『男と女 恋愛の落とし前』から一部抜粋・編集しました。
夫から恋人の存在を明かされ、離婚を要求されている45歳女性。「こんな使えない男とわかってたら結婚しなかったのに」という彼女の言葉が、不倫と離婚の引き金になったという夫の言い分に、「悪気はなかった」と言う彼女。この先に待つ「戦い」は...。
【前回】「ダメ男だと馬鹿にされていた」夫が離婚を決めた、45歳妻の「決定的な一言」
「悪気はなかった」けれど、夫をディスり続けていた
実際に言ったの?
「記憶はありませんけど、たぶん言ったんだって思います。なぜなら......心の底でよくそう思っていたから」
思い当たる節はあったわけだ。
「でも悪気はなかったんです。夫に対する私なりのエールのつもりだったんです」
ちょくちょく出て来るこの、悪気はなかった。
言わせてもらうが、このセリフはもっとも質の悪い自己正当化のひとつである。
同時に、悪気がない分、言った方は自覚がないかもしれないが、実はそれが本音であることを証明しているようなものである。
「まさか夫がそんなに傷ついているなんて想像もしていませんでした。そんなに嫌だったのなら、もっと早く言ってくれたらよかったのに」
それを言った方が言うか、と、思わず突っ込みたくなる。
夫は何て?
「何度もサインを出したし、言葉にして伝えたこともあった、でも君は聞く耳持たずだったって。改めて考えてみると、確かにそんな話をされたような気もします。でも、単なる泣き言にしか受け止められなくて、あなたは私の言うことに従ってくれたらいいのよって答えていた気がします」
言った方は忘れても、言われた方は忘れない。言葉は凶器にもなる。
「その点はとても反省しています。夫に甘えていたというか、私の配慮が足りませんでした。でも、だからっていきなりほかに女を作って、別れてくれっていうのはあまりにも極端すぎませんか。何があってもそれだけはないと信じていたのに」
彼女にしたら、あんなに私のことが好きだったのに、と言いたいのだろうが、そこまで言われて来たことを考えると、夫の気持ちが冷めるのも当然のように思えてくる。
だいたい、信じていたと彼女は言うが、単に見縊(みくび)っていただけではないのか。
「今付き合っている恋人はぜんぜん違うそうです。夫を敬ってくれて、何かしたらいつもありがとうって返してくれて、自分の駄目なところも受け入れてくれる。彼女と一緒にいるとよく笑えるし、よく眠れるし、気持ちが穏やかになって、何より自分に自信が持てるようになったと言われました」