【本書の別エピソードを読む】43歳独身女性。結婚願望がなく、15歳年上男性と15年以上の不倫関係に
長く一緒にいて愛されているつもりで、パートナーの感情に無頓着になっていた――。そんな経験はありませんか?
相手に甘え、無意識に口にしていた本音が、少しずつパートナーを蝕み、苦しめていたとしたら...。
恋愛関係、夫婦関係は、お互いが満たし合うものでなければ、やがて不幸な結末を迎えてしまいます。
直木賞受賞作『肩ごしの恋人』をはじめ、恋愛に翻弄されるリアルな女性たちを描いてきた、作家・唯川恵氏。
36歳から74歳までの12人の女性と対話し、まとめた1冊が『男と女 恋愛の落とし前』 (新潮新書)です。
『男と女 恋愛の落とし前』から、夫に離婚を要求されても「絶対に別れない」と言う、45歳女性のエピソードを抜粋して紹介します。
「夫を愛しているから、絶対に別れません」
「今、夫から離婚を切り出されています」
そう言って、彼女はため息をついた。
もしかして、あなたの不倫がバレたとか?
「いいえ、私じゃありません。不倫をしたのは夫です。私と別れてその相手と一緒になりたいって言われています」
どんな事情があったのか知らないが、ここまで聞いた時点では、夫の言い分はあまりに身勝手に聞こえる。
「私は別れたくありません。いえ、絶対に別れません」
彼女、朱里さんはきっぱりと言った。45歳。結婚生活15年。中学2年生の娘と小学校6年生の息子がいる。ふたりとも難関の私立校の受験を突破している。
彼女は目鼻立ちの整った美人で、聞けば学生時代、ミスキャンパスに選ばれたこともあったとか。が、今は目の下には隈が浮かび、かなり疲弊している様子である。
「夫は慰謝料も養育費も払うし、財産分与で今住んでいるマンションも渡すし、すべての責任をとる、と言っています。相手の女も慰謝料を払うと言っています。でもそういうことじゃないんです。こうなってはっきりわかったんです。私は夫を愛しているって。だからどうしても別れたくないんです」
夫を愛している。
何だかとても新鮮な言葉を聞いたような気がするのは、私が相当ひねくれてしまったからかもしれない。
世の中に「夫を愛しているか?」と尋ねられて「はい」と即答する妻はどれくらいいるだろう。「もう愛とか恋とかの関係じゃない」と、困ったような顔を返されるのがほとんどだ。そしてその後、迷いながらこう答える。でも情はある。
それでいいんだと思う。愛は姿を変える。恋人の頃は恋が愛を支え、夫婦になれば情が愛を支える。とても自然な在り方である。
だからむしろ、彼女が「夫を愛している」と前面に押し出して来る姿に、少々違和感を覚えてしまった。
今、夫とはどういう状況なのだろう。
「夫は先月、マンションを出ていきました。今は相手の女と一緒に暮らしています。別居が続けば、離婚が成立しやすくなると夫は考えているようです」
とはいえ、1年やそこらの別居ではなかなか認められるものではないはずだ。ましてや責任は夫にある。もっと不利になるだろう。つまりどんな長期戦になっても、夫は離婚を望んでいるわけだ。決心は確固たるものらしい。