思いや考えていることが「言葉」でうまく伝えられない――。そんな悩みを抱えるあなたのために、フリーアナウンサー・馬場典子さんの著書『言葉の温度 話し方のプロが大切にしているたった1つのこと』(あさ出版)から、アナウンサーが実際に使っている「話し方のテクニック」を連載形式で紹介します。あなたの言葉と心が、もっと相手に伝わるようになりますよ。
ターゲットを意識する
テレビ番組は、時間帯によって、子ども向け、若者向け、主婦向け、ビジネスマン向け、などとターゲットを意識してつくられています。
私が『ジパングあさ6』(日本テレビ)という番組を担当したときは、「ごはんを作ったり、歯を磨いたり、朝出かける準備をしているから、画面を見ているとは限らない。音だけで情報を届けられるように話すこと」とアドバイスを受けました。
イベントの司会や講演では、具体的に会の趣旨や歴史、お客さんと主催者の関係、リピーターが多いのかどうか、年齢層はどうか、なども事前に確認しておきます。
司会の場合は、言葉遣いや話すトーンの参考にします。講演の場合は、どんなことをどんな風に話すか、内容を決めるヒントにもなります。
相手の立場に立って、内容を考えたり伝え方を工夫したりする。ターゲットを意識すると、〝伝わるボール〟を投げられるようになります。
電車に乗っていると、ときどき、車内アナウンスが早口すぎたり、声がくぐもっていたりして、聞き取れないことがあります。電車内はただでさえ聞き取りづらいので、ゆっくり、はっきり、話してくれると助かります。
車掌さんにとってはルーティーンでも、多くのお客さんにとっては必要なくても、初めてのお客さんや慣れていないお客さんほど、そのアナウンスを必要としています。そういうお客さんに意識を向ければ、伝わる話し方に変わると思います。
自分(の仕事)が、誰のために、何のためにあるのか、〝心の向き〟は大切ですね。
言いたいことより言うべきこと
まだ入社2年目になるかならないかのとき、新宿駅南口から大雪中継をすることになりました。
私がよほど不安顔だったのでしょう。先輩が、「大雪のときに、朝の情報番組で視聴者が知りたいことは何だ?」と聞いてきました。答えに窮していると、「会社や学校にちゃんと着けるかどうかだよな?」と大ヒントをくれました。
現場では、列車の運行状況や、雪の降り方、サラリーマンや学生の服装、路面や雪かきの状態など、いろんな情報が拾えました。情報の多さに振り回されそうになりましたが、ヒントのおかげで、集めるべき情報、伝えるべき情報に、優先順位をつけることができました。
先輩の資料づくりを手伝うため、調べものをしていたときに、「なんでADじゃなくて、わざわざお前に頼んでいるか分かるか?伝え手の視点で情報を取捨選択してもらうためだ」と言われたことを思い出しました。
「何を言いたいか」「何を言えるか」より、「何を言うべきか」「何が求められているか」
仕事もプライベートも、すべての経験を通して、その判断基準を培っていくことが大切です。
私の場合、最初は頭で〝模範回答〟を考えるしかありませんでした。先輩のために調べた資料が即ゴミ箱行きになったことも、スタジオでのコメントが「実感がなくてつまらない」と言われたこともありました。そうして失敗しながら徐々に、自分の心で言うべきことを感じられるようになってきました。
もう一つ。言うべきことをかき集めるだけでは、伝わるとは限りません。
天気予報で、冒頭の挨拶文を自分で考えていたころ。朝から花屋を覗いたり、八百屋さんに寄ってみたり、公園に足をのばしたりしていると、いろんな情報を詰め込みたくなってしまいます。でも、一つに絞ることができないと、何を言いたいのか散漫になり、文章がまとまりませんでした。
一つのテーマが深まっていくのはよいですが、テーマや要素が乱立してしまうと、ぼやけてしまいます。
情報を断捨離すると、テーマはスッキリ、メッセージはハッキリ、伝わります。
この本の原稿を、そういった視点で見直し、書き直したりバッサバッサと切り捨てたりするのも、かなり労力が要りました。「言いたいこと」「言えること」「言うべきこと」が自然と一致するのが、よいアナウンサーなのですが......(苦笑)。
7章からなる本書では、著者がアナウンサー研修で実際に学んだトレーニングのほか、「話し方の心・技・体」という3つテーマで実践的な技術が学べます