パニック障害発作を起こした息子に、「僕も同じことがあった」と夫。無理をしながら仕事を続けてくれてありがとう

<この体験記を書いた人>

ペンネーム:あんなこった
性別:女
年齢:56
プロフィール:2歳年上の夫と猫とのんびり暮らすのが10年前の夢でした。

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ある朝突然「救急車呼びたい」と27歳の息子からのLINE連絡がありました。立っているのがやっとで、心臓が苦しくて嗚咽が止まらないというのです。私は夫に状況を説明し、行けない場所でもないので「ちょっと行ってくる」と慌てて出かけました。すると移動する電車の中で、夫から届いた長いメール。「僕も47歳の時、同じことがあった」と。立っているのもやっとの状態であり、伝い歩きをしながらなんとか近くのファストフード店に入り、2時間ほどじっと耐えて家に戻ったことなどが訥々と書かれていました。パニック障害による発作ということでした。
そうだ、確かにそんなことを言っていたこともあったかも......。なんだか、冷たい妻のようですが、なんせ夫は私よりもはるかに強い人。そんなに深刻だとは思っていませんでした。

時々夫は息子に「お前のために無理をして働いた」ということがありました。あまりにも押しつけがましく、息子は「親なんだから当然」と反発。私も思春期を迎えた息子を相手にして、そんなことを言う夫に大人げなさを感じていました。でも、息子の状態を見ている今なら察することができます。本当に辛かった時があったんだ......と。

夫は私に対して「なんで仕事を辞めたの!」と30年も前の結婚当初の話を蒸し返したり、「収入が減るから」と脅しをかけたりすることがありました。それも自分が仕事を続けられるかどうか不安があったから言っていたのかもしれません。私にしてみれば、長くできる仕事を探してバイトをしていたこともありましたが、家事や子育て、介護の協力も得られないのなら体がもたないと辞めました。

そういえば、運動をしなかった夫がマラソンを始めたりスポーツクラブに通ったり。週末ごとに出かけるのはもちろん、有給休暇を取って一人で海外旅行に行ったり。私には自由気ままなお気楽生活に見えたけれども、実は精一杯何かを変えようとしていたのかも知れません。自分のやりたいようやっていると映っていた姿の裏には、深刻な何かがあったのかもしれません。

そんな夫は息子の学費が必要なくなった時点でさっさと退職。私としてみれば、学費が必要なくなってから定年退職までの3年があれば、少しは貯金ができるのにと思いましたが、夫は十分限界に達していたのでしょう。今になってわかる「本当に無理して働いてくれていたんだ」。そのおかげで、息子は奨学金を借りることもなく学校を卒業していきました。今さらながら夫に感謝です。

夫が飲んでいる神経を落ち着かせる薬。なぜ必要なんだろうとずっと思っていましたが、やっと腑に落ちました。何かにつけて「アグレッシブに生きる」とか「守っていてはダメなんだ」と言う夫。夫にはよく泣かされ「あなたは泣けるからいいよね」と嫌味たっぷりに言われることもありましたが、弱さを表に出せない、いや出さない出したくないのがこの人なんだと再確認。私や子どもの前では絶対弱みを見せたくなかったのでしょう。今まで詳しいことは何も語ってきませんでした。

ずっと悟られないように強がって生きてきた夫。正直その強さや口撃にウンザリすることも多いのですが、このときのメールがきっかけでちょっと夫に対して見方が変わりました。相変わらず怒りっぽくて疲れますが、少し優しく接することができそうな気がしています。

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