思いや考えていることが「言葉」でうまく伝えられない――。そんな悩みを抱えるあなたのために、フリーアナウンサー・馬場典子さんの著書『言葉の温度 話し方のプロが大切にしているたった1つのこと』(あさ出版)から、アナウンサーが実際に使っている「話し方のテクニック」を連載形式で紹介します。あなたの言葉と心が、もっと相手に伝わるようになりますよ。
アナウンサーの言葉が伝わる理由
思えば、アナウンサーはかなり特殊な環境で仕事をしています。
(1)不特定多数の人に向けて
(2)一方通行で
(3)秒単位の限られた時間で
情報を伝えています。普通に考えれば、伝わりにくい環境です。
それなのに、テレビの向こうの私たちの言葉に、視聴者の皆さんは共感してくださいます。少なくとも、私たちはそれを目指しています。
(1)不特定多数の人に届けるため、より分かりやすく、より正確に伝える力が
(2)一方通行だからこそ、聞き手に寄り添い、気持ちや立場を想像する力が
(3)時間が限られているから、言葉や内容を吟味して無駄を省き、メッセージ性を高める力が
求められ、鍛えられます。
自分の置かれている環境が特殊でも、受け手である視聴者には関係ありません。「あのアナウンサーは何が言いたかったんだ?」と疑問を抱かせることはもちろん、「こういう意味だったのかな」と忖度(そんたく)させるなど、ストレスを与えることは避けたいところ。
同時に、「今、何て言った?」というストレスも避ける必要があります。
そのために欠かせないのが、発声発音です。声が小さかったり、滑舌が悪かったりすると、聞き手に負荷や誤解を与えてしまい、話す内容以前の問題となってしまいます。
こうして見ると、アナウンサーの言葉が伝わるのは、いろいろな角度から相手に届けることに注力しているからだと言えます。つまり、鍛えられる環境が特殊なだけで、身につけたスキルは、皆さんの日常のコミュニケーションと変わりはありません。
そこで、気がつけば人生の半分をアナウンサーとして過ごしてきた経験から、特殊な環境に身を置かなくても、発声発音の研修を受けなくても、伝わる話し方、伝わる声になるヒントをまとめました。順にご紹介していきます。
目指すのは「伝わる」コミュニケーション
喋る。話す。伝える。
それぞれのニュアンスの違いをどう感じますか?「喋る」には、一方的に話す、「話す」には、自分が言いたいことを言う、というニュアンスも含まれていますが、「伝える」には、相手の存在が含まれている、と感じませんか。
アナウンサーは喋り手と思われていますが、私は〝伝え手〟だと思っています。伝えるためには、聞き手になることも、場合によっては黙ることさえあります。
たとえば『キユーピー3分クッキング』では、揚げたてのトンカツに包丁を入れるとき、あえて黙りました。あのサクッという音で、美味しさを伝えるために。
野球選手へのインタビューで、自分の顔や質問が省かれ、字幕で処理されたときも、「いい話が引き出せたからこそ、選手の映像と言葉をいっぱい使う。伝え手としての役割は果たせている」と考えていました。
ところがあるとき、アナウンサーの中でも、説得力のある人とない人、言葉がスッと入って来る人と来ない人がいることに気付きました。伝わる人と伝わらない人。その差が何かを考えたとき、「伝える」という意識だけでは足りないのではないか、と気付きました。
「伝える」と「伝わる」。この違いは、どう感じますか?〝相手〟をちゃんと意識していたはずの「伝える」も、「伝わる」と比べるとちょっと色あせてきませんか。
キャッチボールにたとえるなら、「伝える」は、自分がボールを投げた状態。「伝わる」は、相手がボールをキャッチした状態。
キャッチボールなら、相手がボールを取れたかどうかを目で確認できますが、コミュニケーションの場合は、目に見えません。そのため、「話したよ」「聞いてないよ」といったすれ違いが起きてしまうことも。
相手に伝わっていなければ、「伝える」も、自分中心のコミュニケーションで終わってしまいます。
伝わる人と伝わらない人との差は、相手本意か、自分本位か、という意識の違いにありました。〝伝え手〟として、「相手が取ってくれるはず」ではなく、「相手に取ってもらう」という意識が重要なのだと気付きました。「自分がどういうつもりで話したか」は大切ですが、「相手がどう受け取ったか」のほうが、より大切なのです。
そんな「伝わる」コミュニケーションを目指してみませんか。
7章からなる本書では、著者がアナウンサー研修で実際に学んだトレーニングのほか、「話し方の心・技・体」という3つテーマで実践的な技術が学べます