大切な家族や友人の死は、その先の人生を左右するほどの深い悲しみに包まれます。そんなつらい体験が、「苦しいことだけでなく、人生で最も大切なことを教えてくれる」という聖心会シスター・鈴木秀子さんは、著書『死にゆく人にあなたができること』(あさ出版)の中で大切な人を幸せに送り出すためのヒントを教えてくれます。今回は同書から、死との向き合い方を気づかせてくれるエピソードを厳選してお届けします。
死にゆく人たちが本当に望んでいること
私は静かに、死にゆく人の身体に手を置きます。
そして祈りを捧げ、ゆっくり呼吸を合わせていきながら静かに"時"を待ちます。
やがて、あたたかい親しみのなかでお互いが一つになり、十分な一体感を味わいます。
普段の祈りの場合は日常の延長線上にあり、雑念が入ってくることもありますが、死にゆく人との一体感の時間では、さらに深く静かな世界に入っていきます。
そこはまるで、外界の音や時間も感じない別次元の宇宙のような世界です。
ある人は、やすらぎに満たされ、そのまま眠ってしまいます。
また、ある人は死を前にして、これまで秘めていた本当の思いを語ります。
そうして死にゆく人は心を整理して、旅立ちの準備を終えるのです。
私が「仲よし時間」という言葉の存在を知ったのは、今から30年ほど前、札幌で開催された「死の臨床研究会」がきっかけでした。
この研究会ではターミナルケア(終末医療)に関する議論や講演が行なわれ、全国から400人ほどの「心ある医師や看護に携わる方たち」が参加していました。
私には医学的な知識はありませんが、それまでの活動を通した経験などから次のようなことをお話ししました。
例外なく誰にも死は訪れること、医学の専門家でも最後は一人の人間として死んでいくこと、ターミナルケアの最前線で死を見つめることで身をもって医療の限界を感じておられるであろうこと、だからこそ死にゆく人の看取りこそがとても大切だということ。
講演のあと、ある大学の医学部の教授の方が私のところにいらっしゃって、こう言いました。
「"仲よし時間"というものを、ご存知ですか?」
ろうそくが溶けて短くなっていくと、最後のほうでは炎は徐々に小さくなっていきます。
そして炎が消えかかる寸前、急に炎は強く明るくなり、そのあとにふっと消えてしまいます。
同じように、死が近づいた患者さんが突然、元気を取り戻し、まるで病気から回復したかのような状態になることがあります。
そのとき、死にゆく人たちは、それまでの人生でやり残したことや、言いたくても言えなかったことなどを周囲の人に伝えることがあるのですが、これを医療に携わる一部の人たちの間で「仲よし時間」と呼んでいるというのです。
私は思い当たることが多かったのでとても納得して、それ以来この「仲よし時間」という、すてきな言葉を使っています。
そもそも、この「仲よし時間」について私が深く理解したのは、アメリカの親しい友人でドクターのメリー・カリーとの出会いがきっかけでした。
メリーはニューヨーク大学医学部の教授として、いわゆるER(緊急救命室)において、緊急性が高い重症の患者の救命に、どのように対応するかについて教えていました。
以前、アメリカに滞在していたころ、彼女とは生と死について何度も対話を重ねました。
立場や環境の違いはあっても、私たちには多くの共通する体験があり、深く理解し合うことができたのです。
死を目前にした人に対する私たちの共通した考えは次のようなものです。
・自分に死が迫っていることを直感的にわかっている
・孤独と怖れを感じている
・親しい人に話しておきたいことがある
最期に自分の人生を振り返り、人生の意味を見つけたい、未解決のままだった問題を解決したい、不仲になってしまった人と和解したい──そうした切実な思いを死にゆく人は胸に抱えています。
そうした思いを誰かに打ち明けたいと思っています。
そして、私たちのもっとも重要なテーマは、これから死にゆく人たちとどのように接するか、どうすれば幸せに見送ることができるのか、ということでした。