2021年4月、「高年齢者雇用安定法」が改正されました。定年が70歳まで引き上げられるなど、事業主は65~70歳の就業機会確保のための努力義務が生じるようになります。いまの会社で働き続けられる? お給料はどうなる? そんな「高年齢者雇用安定法」にまつわる疑問について、戸田労務経営 西船橋法律事務所 代表弁護士の戸田 哲(とだ・さとし)先生にお聞きしました。
2000年代に入り少子高齢化が進み年金制度の維持が難しくなり、国は年金支給開始の年齢を引き上げることなどで対策するようになりました。
その結果、定年後も働き続けたいという人が増え、下のグラフのように65歳以上の労働力人口(就業者や就業する意思のある人の数)は近年右肩上がりになっています。
日本における65歳以上の労働力人口の推移
※総務省統計局「労働力調査 長期時系列データ」より作成。2011年は東日本大震災の影響により一部補完推計
こうした情勢を踏まえて、国は定年を60歳以上に引き上げるための法改正を段階的に進めています。
現状の法律では企業などの事業主に対して65歳までの雇用を義務付けることになっていますが、この4月にはその対象年齢を70歳にまで引き上げるよう、改正されます。
一部のニュースなどでは「70歳定年制が始まる」とも報じられ、耳にしたことがある人もいるのではないでしょうか。
労働問題に詳しい戸田哲先生は「『70歳定年制』という言葉だけが独り歩きしてしまうと、今回の法改正の中身についての誤解を招き、トラブルの元になってしまいかねません」と注意を呼びかけています。
どういうことなのでしょうか。
下の「法改正でこう変わる」を見てみましょう。
この4月の法改正では(1)~(5)のような措置を講じるよう事業主に努力義務が課されます。
しかし、「70歳までの定年引き上げ」や「定年制の廃止」という措置は、その一部でしかありません。
全ての事業主が「70歳定年制」を採用するわけではないのです。
法改正でこう変わる
《改正前》
~60歳
●60歳未満の定年禁止。
60~65歳
●定年を65歳未満にしている事業主は、以下の3つのうちいずれかの措置を講じる義務がある。
a.65歳までの定年引き上げ
b.定年制の廃止
c.65歳までの継続雇用制度の導入(原則、希望者全員に適用)
《改正後》
~65歳
●改正前(上記)から変更なし。
65~70歳
●事業主は65~70歳の就業機会確保のため、
以下の5つのうちいずれかの措置を講じる努力義務がある。
(1)70歳までの定年引き上げ
(2)定年制の廃止
(3)70歳までの継続雇用制度の導入(子会社や関連会社、他の事業主による雇用も含む)
(4)70歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入
(5)70歳まで事業主が自ら実施する社会貢献事業か、事業主が委託あるいは出資などを行う団体による社会貢献事業に従事できる制度の導入
※厚生労働省パンフレット『高年齢者雇用安定法改正の概要』より作成
さらに戸田先生は、「ほとんどの企業ではコスト面から(1)(2)の措置は取りづらく、また(4)(5)のような措置を講じられるのも体力のある一部の企業に限られます。中小企業のような多くの事業主では、(3)を採用することになると考えられます」と続けます。
他にも注意すべき点があります。
65歳までの雇用については義務付けられていますが、65~70歳については雇用を継続するための"努力義務"が事業主に課されているに過ぎません。
戸田先生は「努力義務には強制力がないため、守るか守らないかは事業主次第。
『70歳定年制』を事業主に義務付ける内容ではないのです」と説明します。
国も段階的に法改正を進めていて、いまはまだ過渡期。
「今回の法改正は、『将来的には70歳定年制を実現する』という国からのメッセージだと感じています」(戸田先生)
加えて戸田先生がもう一つ、この4月の法改正で問題だと感じる点があるそう。
「今回の法改正の周知徹底が足りていなくて、労働者側はおろか事業主側でも改正に気付いていないというケースが散見されることです」。
もし事業主側が法改正に気付いていなければ、どのような問題が起こるのでしょうか。
「努力義務がなくても、本当は継続して雇用したいのにコスト面を理由にできない、という事業主もいるかもしれません。実は70歳までの継続雇用制度の導入には、助成金も用意されています。法改正を知らなかったために、本当は続けられたはずの雇用を維持できず、お互い損をしてしまうということもあり得ます」(戸田先生)。
他にも下のQ&Aのように、知らないことで起こるトラブルは複数考えられます。
事業主任せにせず、自ら知識を得ておくことが、身を守ることにつながるのかもしれませんね。
法改正にまつわるQ&A
■継続雇用はしてくれるが給料が下がってしまう...
70歳までの継続雇用にはなったものの「給料が下げられることになった」という相談も増えそうです。「定年前でも定年後でも、同じ労働に対しては『同一労働同一賃金』の原則が働きます。ただし、近年の判例を見ると、定年前の60%程度への減額までは容認されるようです」(戸田先生)。原則通りにとはいかない場合も多そうです。
■勤めている会社が何の措置も講じてくれない
"努力義務"というのは、『努めてください』という目標値に過ぎません」と、戸田先生。「事業主が何も措置を講じていない、やろうともしていないからといって、何か罰則があるわけではありません」と続けます。ただし「罰則ではないのですが必要な場合にハローワーク等が事業主に指導、助言、勧告を行う可能性はあります」(戸田先生)。
■70歳までいまの会社で働き続けられる?
改正高年齢者雇用安定法は、事業主に70歳までの定年引き上げや継続雇用制度の導入といった措置を講じる"努力義務"を課すものであり、強制力はありません。そのため、今回の法改正では「必ず70歳までいまの会社で働ける」とは言えません。ただし、「国は今後70歳定年を義務付けることも視野に入れているのでは」(戸田先生)。
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取材・文/仁井慎治