病妻に「エリーゼのために」を聞かせたく~要介護・要支援の高齢者の歌/伊藤先生の短歌の時間

要介護・要支援の高齢者の全国短歌大会が、昨年12月8日に開かれました。応募者の作品をおさめた『老いて歌おう』第17集(鉱脈社)から入賞作品をご紹介します。

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 病妻に「エリーゼのために」
 を聞かせたく
 八十五にしてピアノを習う
  尾堂昭雄(87歳 熊本県)

80代半ばで妻のためにピアノの練習を始めたという作者の愛情に感動します。妻がこの曲を好きなのでしょう。エリーゼはベートーベンの恋人だったそうですから、作者の練習もより熱心だったと想像されます。

 

 丸三年「ベッド」に伏せる
 吾が妻に添ひて寝たしと思ふことあり
  平澤英一(95歳 新潟県)

長く病床にある妻に対する気持ちを歌った作です。ベッドの妻に「添ひて寝たし」の言葉が胸に深く残ります。95歳の若々しい相聞歌です。

 

 妻は呆(ほう)けいやとは言えぬ
 丸投げの家事や買物
 今は生き甲斐
  原岡利徳(93歳 宮崎県)

初めは家事も買物も厭々だったのでしょうね。それが「今は生き甲斐」だと。

男性の歌を三首ご紹介しました。いずれも妻を介護している夫の歌で、夫自身も介護サービスを必要としている人たちですが、心豊かな歌ばかりです。女性の方の歌もご紹介しましょう。

 

 あれも駄目これもするなは
 云わないで
 小さな役割老いの幸せ
  脇本鶴子(86歳 徳島県)

世話されるのはありがたいが、積極的に自分の「役割」を果たしたいという歌です。

最後にユーモアあふれる、楽しい歌をご紹介します。

 

 失敗をしても同じ日
 ゴキブリを殺す力は
 残っています
  渡部サイ子(87歳 愛媛県)

 

 

<伊藤先生の今月の徒然紀行>
上の欄でご紹介した高齢者の歌も魅力的ですが、子どもの歌もすばらしいです。福岡女学院が行った短歌コンクールの表彰式に選者の1人として出席しました。

「脳みそがふっとぶほどの大くしゃみ みんながわらうテストの教室」(石橋正教 小5 熊本県)。がまんできずに大くしゃみ。それを「脳みそがふっとぶほど」と詠んだのが面白いですね。

「いもうとに六つ目のはがはえてきた ゆびをかまれてちょっぴりいたい」(國友紗和 小2 福岡県)。まだ小さい妹がかわいくて仕方ない気持ちが伝わります。「六つ目のは」は日ごろ妹をよく見ているから生まれた言葉です。「ちょっぴりいたい」のも嬉しそうですね。

 

※他の短歌に関する記事はこちら。

 

 

<教えてくれた人>
伊藤一彦(いとう・かずひこ)先生

1943年、宮崎市生まれ。歌人。NHK全国短歌大会選考委員。歌誌『心の花』の選者。

この記事は『毎日が発見』2019年2月号に掲載の情報です。

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