「妻にさよならと言へば にはかに悲しみ溢る」岩田正氏の歌に学ぶ/伊藤先生の短歌の時間

人情味溢れる作風の歌人かつ鋭い評論家でもあった岩田正(ただし)氏が93歳で亡くなったのは、2017年11月3日でした。岩田氏を偲ぶ会が10月東京で開かれ、遺歌集『柿生坂』(KADOKAWA)が出版されました。2011年から2017年までの作品です。

「妻にさよならと言へば にはかに悲しみ溢る」岩田正氏の歌に学ぶ/伊藤先生の短歌の時間 pixta_32918274_S.jpg前の記事「「恋の台風はぎゆいんと曲がり 君へと向かう」恋を題材に歌う/伊藤先生の短歌の時間」はこちら。

 

 米寿われ部屋でころびぬ
 卒寿・白寿の長老らより
 お叱りを受く

岩田氏がケアセンターに通い始めたころの歌だと思います。元気な90代の人がいて、80代の岩田氏がころんだら叱られたというのです。「まだ若いのに」などと言われたのかもしれません。でも、温かい声かけだったのでしょう。それは「お叱りを受く」というユーモラスな表現から感じられます。岩田氏の夫人は、同じく歌人として有名な馬場あき子さんです。

 

 おさらひのつもりで
 妻にさよならと言へば
 にはかに悲しみ溢る

妻の方が数歳若いので、岩田氏は自分が先に世を去ることになると思っていたのでしょう。
そこである日、練習のつもりで「さよなら」と言ったら悲しみが急に溢れたというのです。別れの実感に襲われたのです。淡々と歌われていますが、読者の我々も胸を突かれます。

 

 てんてこまひ女房はしてゐる
 生きてゐる
 てんてこまひ
 われはしたくもできぬ

「てんてこまひ」という日常語が心に残ります。生きることは「てんてこまひ」になることだ。しかし妻と違って身体の弱った自分は、妻を見守ることしかできないという辛い思いです。

 

 人生のどんでん返し稀なるを
 どんでんがへし
 夢見るわれは

そんな辛い日々でしたが、最後まで希望と夢を捨てなかったと思われる一首がこの歌です。
さすが岩田氏と思いました。

 

 

<伊藤先生の今月の徒然紀行>
NHK学園の「若山牧水没後90年 伊藤一彦と行く宮崎 短歌の旅」の企画で、10月半ばは全国から集まった20数名の方と2泊3日の宮崎県内の旅を楽しみました。
高千穂町では高千穂峡や天岩戸神社、天安河原を巡り、そして皆さんは夜の神楽見物が印象に残ったようでした。私は幾度も出かけていますが、いつ行っても神々の気配が感じられる土地ですね。

南の日南(にちなん)海岸も訪れました。縁結び、安産の神社として知られる鵜戸(うど)神宮は、豊玉姫命が山幸彦との間にできた子どもを産んだところです。日向灘の波が激しく打ち寄せる断崖の洞窟の中にお社があります。皆さん、宮崎の山と海を堪能されました。
 

※他の短歌に関する記事はこちら。

 

 

<教えてくれた人>
伊藤一彦(いとう・かずひこ)先生

1943年、宮崎市生まれ。歌人。NHK全国短歌大会選考委員。歌誌『心の花』の選者。

この記事は『毎日が発見』2018年12月号に掲載の情報です。

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