ご自身も企画者として参加された映画『大河への道』の公開を前に、主演の中井貴一さんに作品のこと、そしてこれからの人生について伺いました。
こっちの大河か、と落差にやられました
――郷土の偉人、伊能忠敬を"大河ドラマ"にしようと奮闘する市の職員たちと、日本地図完成に心血を注ぐ伊能忠敬の弟子たち。令和と江戸、二つの時代を一人二役で描いた映画『大河への道』。原作は立川志の輔さんの新作落語ですが、中井さんは企画もされていますね。
志の輔さんの落語をもとにした『メルシー!おもてなし』という舞台をやらせていただいたときに、観てくださった友人から「『大河への道』をやったら面白いんじゃないか」とすすめられたんです。
僕は大河というから中国の黄河や長江を目指す壮大な話だと勝手に思い込んでいたのですが、拝見したら「こっちの大河だったのか!」と、その落差にやられてしまいました(笑)。
僕たちの商売はいい意味でお客様を裏切ることが大事なのですが、『大河への道』にはその要素がある。
ぜひ映画化したいと思いました。
でも落語を映画にするのにはものすごく苦労しました。
落語は良い意味でずるいんですよ。
どんなに話をはしょっても、お客様が想像してくれますが、映画の場合はそうはいかない。
落語で描かれていない部分をいかに納得のいく映像で埋められるか、落語のずるさと師匠の話芸の素晴らしさを嚙み締めながら、みんなで頭を悩ませ知恵を出し合って作りました。
過去の自分の考えにことごとく裏切られ
――ご自身の人生がドラマなら、いまはどんな局面ですか。
20代の頃は、早く年を取りたいと思っていました。
その頃かわいがってくださった先輩方には余裕があるように見えたのでしょうね。
年を取ったら楽になるはずだと、浅はかに考えていたのです。
そんな自分の考えに、ことごとく裏切られているのが現在の局面ですね(笑)。
例えばアスリートなら当然若い人の方が体力があると分かりますが、将棋のように経験が実力に結びつきそうなものでも藤井聡太さんという新星が現れて、多くのタイトルを取っていく。
僕たちの仕事も同じで、若い人たちと同じ土俵に立つためには、いままでの倍の努力が必要だと痛感させられている今日この頃です。
でも、人生50年といわれた時代に伊能忠敬は50歳から天文学を学び始めているんですよね。
いくらお星様が好きだからといって、いまのように科学が発達している時代でもないのにですよ。
そう考えると、現代の僕らにはもっと可能性があるって思うんです。
何か新しいことを始めようというときに、伊能忠敬さんのことを思い出したら、どんなことも臆さずやれる気がしませんか。
そんなわけで僕も楽器に挑戦しようかと思っているんです(笑)。
僕と同世代だと、そろそろリタイアという方も多いので、そこから余生を過ごすといった感覚があるんじゃないかと思うんですけど、余生じゃないんだと。
もう一つの自分の人生を生きるんだと、この映画を観て感じてもらえたらうれしいですね。
――最近、"発見"したことはありますか?
発見というか、最後の晩餐はお茶漬けがいいなということに思い至りました。
以前は最後の晩餐に何を食べたいか聞かれると、豪勢な食事を想像していたんですよ。
でも、最期だというときに肉なんてきっと食べられないだろうと、年齢とともにものすごく現実的に考えるようになって(笑)、浮かんできたのがお茶漬けだったんです。
親父がよく食べていたらしいのですが、さとうじょうゆ味の焼き餅を白飯にのせたお茶漬けが、子どもの頃からの我が家の味。
これを最後に食べたいなと最近考えています。
取材・文/鷲頭紀子 撮影/齋藤ジン ヘアメイク/藤井俊二