井上弘美先生に学ぶ、旬の俳句。3月は「題材を生かす表現の工夫」というテーマでご紹介します。
貝の名に鳥やさくらや光悦忌 上田五千石
ひな祭りに始まる三月は、下旬には花便りが届くなど、春らしい明るさに満ちています。
「光悦忌」(こうえつき)は本阿弥光悦(1558~1637)の亡くなった日。
旧暦2月3日、新暦ではひな祭りのころです。江戸初期に活躍した光悦は書画、陶芸など多彩な才能で一世を風靡しました。
この句は、「~や~や」と弾むようなリズムで、からす貝、さくら貝を想像させ、煌やかな螺鈿をイメージさせています。
「光悦忌」にふさわしい作品で、五千石(ごせんごく)の代表作です。
作者は1933年、東京生まれ。「畦」創刊・主宰。俳人協会賞受賞。享年63。
春灯下黒楽茶碗銘小鳥 井越芳子
(しゅんとうかくろらくぢゃわんめいことり)
灯火には四季折々の風情がありますが、「春灯」は潤むような華やかさを持っています。
掲出句の「楽茶碗」は轆轤を使わず、手捏ねで作るので分厚く、わずかな歪みを持っているのが特長。
それを黒く仕上げたものです。
黒い茶碗の銘が「小鳥」とは少々意外。
どんな茶碗だろうと想像をかき立てます。
しかも、全てを漢字表記にして、「春灯」が「茶碗」を包み込むような味わい。
人の手の作り出した「黒」が引き立ちます。
作者は1958年、東京生まれ。「青山」同人。俳人協会新人賞受賞。
芳醇なる句集『雪降る音』よりの一句です。
俳句ってみよう!
次の句の( )にはどんな言葉が入るでしょう。
ふらここや( )といふものあるやうに(森賀まりの句より)
①波
②沖
③淵
④岸
(森賀まりの句より)
「ふらここ」はブランコのことで春の季語。
ブランコを漕いでいて、あるいはブランコの動きを見ていて、何があるように思えたのでしょう。
答えは④の「岸」。
「ふらここ」が前後に、一定の距離を往復していることに気が付いたのです。
ブランコに乗ると前だけを見がちですが、この句は「岸」を思い描いて、揺れの幅を捉えた点が新鮮なのです。