歌人・伊藤一彦先生が注目する短歌を解説する「毎日が発見」の人気連載。今回紹介するのは、穂村弘さんの新刊歌集『水中翼船炎上中』に収められた3首です。
穂村弘さんといえば、エッセイストとしても著名で、多くのファンがいます。近刊は『野良猫を尊敬した日』(講談社)です。帯文に「心の弱さは、どこまでいっても克服できないものなのか。」と書かれていますが、読んでいるうちに勇気を与えられている気持ちになる、「優しさ」の詰まった本です。
その穂村さんの17年ぶりの歌集が出版されて話題になっています。『水中翼船(よくせん)炎上中』(講談社)という歌集で、あとがきに「子供の頃、水中翼船に憧れていた。学習雑誌や絵本の中に未来の乗り物として恰好よく描かれていたのだ。でも21世紀になった今、活躍しているという話は聞かない」と記されています。
穂村さんは1962年生まれですから、子供の頃というのは1960年代後半から年代に
かけてでしょうか。
スパゲティとパンとミルクと
マーガリンが
プラスチックのひとつの皿に
その時期の生活の様が目に浮かびます。洋風が新鮮だったのですね。ですがいまは「マーガリン」は体によくないと言われ、プラスチックの皿もあまり使われなくなりました。それだけ時代が変わったことを穂村さんは歌っているのです。
ラジオ体操聞きながら
味の素かきまわしてる
お醤油皿に
味の素をふりかけると頭がよくなる、とかつては盛んに家庭で言われたものです。
お母さんのことを歌った作もあります。
ゆめのなかの母は若くて
わたくしは炬燵のなかの
火星探検
赤外線の炬燵に家族で足を入れている場面ですが、幼い作者は時に炬燵の中にもぐりこむのですね。つまり「火星探検」。
子供の頃の記憶は、すべて心の財産ではないでしょうか。穂村弘さんの歌を読み思いました。
<伊藤先生の今月の徒然紀行8>
自分より若い人の歌集を読むと刺激を受けます。一方、自分より先輩歌人の歌集を読むと教えられることがたくさんありますが、それと同時に励まされます。
橋本喜典氏はいま90歳で、最近出された歌集に『聖木立』(KADOKAWA)があります。あとがきに視力が弱ってきたと書かれていて、こんな歌があります。「見えないといふ新しい発見を怠らずするわが眼となりぬ」。見えないことを歎きとして歌わず「発見」として歌いポジティブですね。
一方、こんなユーモアのある歌もありました。「結婚記念日 医院病院梯子して酩酊ならずふらふら帰る」。