2020年3月6日に公開され、賛否両論、大きな反響を呼んでいる映画『Fukushima 50』。危険な現場と官邸・東電本店との間で苦悶する吉田所長を、体重を増やしてリアルに演じた渡辺 謙さん。そこに込めた思いとは――?
「福島のことは、ちゃんと現状を理解した上で 選択していかなければと改めて思いました」
─演じられた吉田所長は、実在の、よく知られた人物です。
渡辺 もちろんプレッシャーはありましたが、姿を似せることより、吉田さんが何に苦しみ、何と闘っていたのかを理解して演じたいと思いました。
─何に苦しんでいたのか?
渡辺 吉田さんの周りの人たちに話を聞くと「え? そんなことまで知らされていなかったのか」ということがたくさんあるんです。それは『硫黄島からの手紙』※1で演じた栗林中将も同じでした。
─どちらも「過去の過ちを繰り返さないために」という思いを感じさせる作品です。
渡辺 『硫黄島─』の時、75年前の戦争でさえ、僕らはちゃんと検証できているのか、非常に考えさせられたんです。自分も含め、この国にはそういうことが苦手な気質があるような気がするんですよ。福島のことも、ちゃんと現状を理解した上で選択していかなければならないと改めて思いましたね。
※1:2006 年のアメリカ映画。第二次世界大戦の硫黄島での戦いを日本側から描いた作品。監督:クリント・イーストウッド、主演:渡辺 謙。
浩ちゃんを本当に尊敬しました
─動きのある現場のシーンとは対照的に、吉田所長はずっとデスクにいる場面が続きます。
渡辺 代わり映えしないので、緊張感が途切れないよう、自分の中で日を追うごとに緊迫感の度合いを深めて撮影に臨みました。脚本には吉田さんの家族への思いもあったんです。でも、目の前の状況にどう向き合い、発電所で働く人たちをどう守ろうとしたかに集約した方が、伊崎や作業員たちの大変さが浮き彫りになるのではないかと。そこは提案させてもらいました。
─印象に残ったシーンは?
渡辺 浩ちゃん(佐藤浩市さん)が桜を見上げる場面ですね。この作品を全部背負って立っている男に見えて、本当に尊敬しました。彼のことは信じていますから。覚悟を持って臨まなければならない作品に、歩みを揃えて出られて、うれしかったです。
雪国育ちゆえに培われたもの
─故郷を守る人たちの話でもありますが、渡辺さんは新潟の豪雪地帯のご出身だそうですね。
渡辺 新潟も中越地震がありましたから、何を守り、受け継いでいくのかを考えるようになりました。単に復興というだけでなく、故郷のよさを理解して、人が集まるように意識していかないと、故郷を守るのは難しいような気が最近はしています。
─雪国でお育ちになったことは、ご自身に影響がありますか?
渡辺 俳優の仕事って結構、忍耐力がいるんですよ。その忍耐力は豪雪地帯で培われたなと。中学生ぐらいの頃から、泣きながら雪下ろししていましたから。
─その忍耐力、国内はもちろん、ハリウッドやブロードウェイでも発揮していらっしゃいます。
渡辺 よく分かっていなかったんだと思いますよ。『ラスト サムライ』※2の後、どうなるかなんて。ミュージカル『王様と私』もやってみたら、週8回公演で、えらく大変だった(笑)。どれだけ大変か、イメージできない......バカですね(笑)。面白そうだから、やってみるか!で、いつも決めてしまうので。
─その姿勢は、お若い頃に大病されたことと関係ありますか。
渡辺 人よりも早い時期に、いつかは死ぬんだという感覚を持つことになったので、30代以降の人生は「おまけ」という感じがしているんですよ。でも、思っていたより、いいおまけが来ちゃいましたね(笑)。
※2:2003 年のアメリカ映画。明治初頭の日本、時代から取り残された侍たちの生き様を描く。監督:エドワード・ズウィック、主演:トム・クルーズ。
撮影/吉原朱美