この夏、短歌で「旅の歌」を作りませんか?

歌人・伊藤一彦先生がピックアップした短歌を解説する定期誌「毎日が発見」の人気連載。今回紹介するのは、現代を代表する歌人、岡野弘彦さんなど、旅で詠んだ味わい深い4首をご紹介します。

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若山牧水の『短歌作法』。旅の歌を作りましょう

『短歌作法』は1922(大正11)年に出版された古い本ですが、今日でも短歌を作るうえで
大いに役立ちます。その中で歌作りはいつも「心を新しくすること」が大切で、そのための一つとして、旅行の意義を説き、旅の歌の注意点を記しています。あまり昂奮(こうふん)して作るなと。旅先での感興を抑えて歌わないと、粗雑になってしまうというのです。

現代を代表する歌人の岡野弘彦さんが宮崎県の都井岬を訪れたときの歌を歌集『天(あめ)の鶴群(たづむら)』から紹介します。

 島山の木むらにひそむ
 夜の鳥のおどろきてあぐる
 声とほるなり

日も暮れて林に近づいたら、鳥が驚いて声をあげたというのですが、場面がまずしっかり伝わりますね。そして、思わぬ方角から聞こえた鳥の声に対する感動は、結句の「声とほるなり」に深々と表されています。いのちの声の表現です。

いまは海外に行く人も多くなり、外国旅行の歌作りも盛んです。最近の歌集からアメリカ旅行の歌を紹介してみます。
久保富紀子(くぼふきこ)さんの『旅行鞄』から三首ご紹介します。

 過ちて人のカートにものを入れ
 とっさにわれは
 母語を曝(さら)せり

アメリカでの買い物の歌です。旅行中はよくこういう失敗もありますが、「母語を曝せり」という表現が面白いですね。とっさに日本語が出てしまったというのが、ユニークです。
もちろん、『旅行鞄』には観光の歌もあります。次に紹介するのは、恐竜博物館を訪れたときの歌です。

 全長約十メートルの
 恐竜の前で「自撮り」する
 進化史の末裔(すえ)

結句が深いですね。日ごろの思索が旅行詠の成否に影響するといえます。最後にタイトル作を紹介しましょう。

 土産わたして軽くなりたる
 旅行鞄に
 見えざるものを詰めて帰りぬ

<伊藤先生の今月の徒然紀行 13>
司馬遼太郎著『手掘り日本史』に「私は大阪弁という、方言地帯にすんでいます。方言生活者です。方言のよさというのは、根からはえた自然のことばだということです。人間の感情をあらわすのに都合が大変よろしい」という一節があります。それでは、大阪弁を取り入れた短歌があれば面白いですね。その成功例を紹介します。

〈「入れてんか」半歩詰めては一人増ゆ梅田地下街立ち呑み串屋〉〈「黙っとこ、もうすぐなんかアホ言うで」みたいな顔で我を見る妻〉。大阪在住の武富純一歌集『鯨の祖先』から紹介しました。「自然のことばのよさ」がユーモアになっていますね。

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<教えてくれた人>
伊藤一彦(いとう・かずひこ)先生

1943年、宮崎市生まれ。歌人。NHK全国短歌大会選考委員。歌誌『心の花』の選者。

この記事は『毎日が発見』2019年8月号に掲載の情報です。

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